
この一瞬は続きも終わりもせず
永遠の中に
切り取られてある
■紅茶の香りに似たアザミが咲きほこる庭、人の言葉を話すコガネムシがやってくる庭、焼きたてのミラベルのタルトと笑い声に包まれた庭、四十七歩先に壊れたアシカのプールが見える庭…。様々な庭を舞台に、生きるものの繋がりを描く読切り集。満場一致で大賞デビュー、最速単行本化の期待作。人間の愛しさを豊かに伝える、鮮烈な才能を、とくとご覧あれ!
講談社の新雑誌・ITANの新刊が、今月から続々発売になってます。スゴイ量で、そしてどれもみんな面白そうで、期待大です。そんな中、ひと際目を引いていたのが、この作品。帯に踊るは「満場一致で大賞デビュー!最速単行本化!」の文字。なんの大賞かと思ったら、新人賞だそうです(当たり前か)。表紙から、なかなかいい感じな田中相先生の初単行本は、「庭」を舞台にした読切り集。どれも独特のタッチで、静かに、けれど確かに登場人物の半生、考えを写し切り取っていきます。大きな動きはないけれど、その精緻さと独特の風合いに魅了されるタイプの作風。これは好きな人は好きだろうなぁ。もちろん、私も好き。

独特のタッチ、言葉数多くはないけれど、しっかりと力強い言葉。独特の雰囲気に包まれた、素敵な作風です。
収録されている作品を、少しずつご紹介しましょう。まずは、ある日コンビニに迷い込んだコガネムシを助けた所、後日人間の言葉を話す非常に大きなコガネムシが訪ねてくるという「5月の庭」。盲目の王に拾われ、長年庭師を務めてきた男の数日を描いた「ファトマの第四庭園」。人が集まるイベントが嫌いなお爺さんが、自分の誕生日会でもの思う「地上はポケットの中の庭」。過去の忘れられない出来事を胸に、6年振りに青年が故郷に戻る「ここはぼくの庭」。そして新人賞を獲った作品である、とある高校生の少女の悩みを描いた「まばたきはそれから」。
こうして見てみると、簡単な説明だけじゃ本当になんてことないストーリーが描かれているということがわかります。外側の動きじゃない、すごいのは、内面の切り取り方なんです。淡々と、語るように続くモノローグに折り畳まれた、その人の想い。過去に、今に囚われている人々が、ふとしたことをきっかけに明日を向く機会を得るその瞬間を、時に眩しく時に幻想的に、本当に素敵に描き出すんです。技術的な部分から解説できるのが一番良いのだと思うのですが、そういうのってなかなか難しく。ただ一つ言えるのは、ラスト前に作られる無言(もしくは無音)の部分。

モノローグも何もナシで、段々と寄っていくカメラワーク
収録されている作品のうち、実に3話でこのような構図が使われていました。言葉で畳み掛けるのではなく、無音で画的に見せる。この「間」と「動き」が、もうツボ、どツボです。
個人的にお気に入りだったのが、「ファトマの第四庭園」と、新人賞を受賞した「まばたきはそれから」。前者は人と人の長年築いた絆というものを、強く感じられる感動作になっており、後者は青春時代の悩みに苦しみ全力で疾走するヒロインのその力強さに持っていかれました。これからどういう作品を残していくのかはわかりませんが、とりあえず注目しておいて損はない先生だと思います。気になった方は是非ともチェックを。
そうそう、これ表紙を取ると、表紙の裏側にびっしりとコメントと作品の解説が。表紙を取ったらそこに、というのは良くあるパターンなのですが、ここまでガッツリ描かれた表紙裏(文字通り、表紙の裏側)は今まで見たことなかったので、ちょっと感動しちゃいました。
【男性へのガイド】
→男性でも全然大丈夫だと思います。オススメですよ。
【感想まとめ】
→確かにこういう作品は好かれそうだし、実際私も好き。大賞というのも納得でございます。これからの活動への期待と、この作品そのものの面白さの両方に想いを込めて、オススメで。
作品DATA
■著者:田中相
■出版社:講談社
■レーベル: ITAN
■掲載誌:ITAN
■全1巻
■価格:562円+税
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