
いい匂い…
■「バラ渡しながら告白する人現実に居るんだなぁ」
てまりが働く豆腐店に、最近新しい客が現れた。ローズ臭をムンと匂わせる健也だ。てまりにバラを渡しながら「付き合ってください」と告白してきた健也。ホストのような彼は、いったい何者…?香料をテーマに紡がれる7編のオムニバス・ストーリーズ。耽美な絵柄で、どこかおかしみ漂う人間像を描き出す、新鋭・市川ラクの初オリジナル単行本。
市川ラク先生の初オリジナル単行本です。本作はフィールヤングでの連載作を収録したものになりますが、11月にはビームコミックスより単行本が発売されており、また月刊コミックビームで長編連載スタートと、ここ数ヶ月で名前がちょくちょく出てきております。
本作は「香り」というか「香料」をテーマに描かれるオムニバス作品です。「香り」と言って皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。私は高校時代に感じた、女子から香ってくる甘い匂いが未だに印象に残っていたりするのですが…と、割とどうでも良い話を序盤から…。本作はそんな思春期に感じるような甘い香りは描きません。ここで描かれるのは、もっと官能的で、甘みだけじゃなく渋みさえも感じるような、大人の香りです。高貴なアンバーグリス、優雅なダマスクローズ、安らぎのサンダルウッド…そこには、人々の生き様・気持ちを彩る香りが漂っています(なんて、どの匂いもあんまり良よく知らないんですけどね!そこは雰囲気で!雰囲気で!)

香料をテーマにしているということから、しっかりと物語中にそれらの香料が大事なキーアイテムとして登場してきます。モチーフ的に描かれるのはあんまりなくて、本当に作中のツールとして使われているのが印象的。
個人的に一番お気に入りだったのは、No.6のサンダルウッドです。もちろん香りじゃなくて、お話ですよ。サンダルウッドというと馴染みがないかもしれませんが、白檀というとイメージしやすいのではないでしょうか。お香に使われていたりしますよね。そういうイメージから、白檀ってどうしても歳を重ねた奥様なんかを想像してしまうのですが、このお話の主人公は若い女流画家。笑顔で男を転がし、貢がせては楽しむという性根のひん曲がったヒロインが、ひょんなことから躓き、そして転機を迎えるというお話。

香りとヒロインとのアンマッチ感から、最後に迎えるオチでの納得感が見事で、ありがちながら読んでいてもの凄く気持ちが良かったです。
もうひとつお気に入りを挙げるとしたら、No.1のムスクでしょうか。香料がテーマとは言え、どうせモチーフ的にちょこっと登場してくるだけだろうと思っていたのですが、もの凄くしっかりと、ツールとして登場してくるんですよね。この話に限らずなのですが、それがちょっとビックリで。このお話のヒロインは、ワキガであるために基本的に匂いには敏感で、どちらかというと消そう消そうとするタイプ。恋愛や人付き合いも同じように、自分を消すようにどこか奥手で消極的。そんなヒロインが、気になりつつも見ているだけだった男の子を相手に、香りという思わぬ武器を手にして、ちょっとだけ幸せな気分になるという。痛快というほどではありませんが、気分の良くなるお話でした。
単行本の最後に描かれている「組香」は、それまでの登場人物たちが登場し、物語の“その後”が少しずつ描かれます。わかりやすい演出ではありますが、こういう形で単行本としてのまとまりが出来るのは、嬉しいばかり。一貫したテーマと、それを纏める最終話で、単行本として読む面白さもしっかりと盛り込まれた1冊となっています。
【男性へのガイド】
→男性主体のお話ななく、大人の女性が読む作品という印象でした。多少のクセはあるものの、それぞれまとまりのあるお話で、タイトルから受ける印象よりも読みやすいと思います。
【感想まとめ】
→一口に香りといっても、色々な香りがあるわけで。それによって様々なテイストの物語に仕上げる引き出しの広さは、注目したいところ。長編連載したとき、どんな作品を描いてくるのか、楽しみです。
作品DATA
■著者:市川ラク
■出版社:祥伝社
■レーベル:フィールコミックス
■掲載誌:フィールヤング
■全1巻
■価格:933円+税
■試し読み:カストリウム