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Tag [新作レビュー] 2011.08.08
negaimasiteha.jpg鈴木有布子「願いましては」


欲しかったのは
一人じゃないんだっていう感覚



■近江成親(通称・ちか)は、中学時代、強豪サッカー部のレギュラーだったが、ワケあって高校ではサッカーが続けられなくなってしまった。高校に入るも、サッカー部には入らない、入らない。そんな中出会ったのは、珠算部の面々だった。“フラッシュ暗算”の数字を次々当てた事から、その動体視力を買われ、なんと珠算部に勧誘される…。ご破算になった夢があった。。。この新たな出会いが、ご名答となるか!?

 鈴木有布子先生のウィングスでの新刊になります。ここ数年、様々なテーマの漫画が発表されてきましたが、こちらもまた変わり種。描かれるのは、「珠算を通した青春の1ページ」。フラッシュ暗算というフレーズや、ご破算というフレーズを、高校生の青春を描く漫画で目にする事になるとは。主人公は、元天才サッカー少年の近江成親。その実力から将来を嘱望されていましたが、ケガで選手生命を絶たれてしまいます。サッカーだけをしてきた彼が、次に夢中になれるものを、そう簡単に見つけられるわけもなく、高校入学後をなんとなく過ごしていたちかですが、ある日偶然、珠算部の面々と出会うことになります。そこでたまたまやっていた、フラッシュ暗算のフラッシュを見る才能(動体視力で計算できるわけではない)を見出された彼は、珠算部にスカウトされ、流れで始めてしまうのですが…というお話。


願いましては
いきなり珠算に目覚めるわけではない。同期は不純だって、その面白さを知れば、いつしか真剣になるのです。そういうノリの方が、自然でしょ?


 珠算を熱い熱い青春スポ魂的に…というノリではなく、一人の少年の再出発の過程を珠算という競技を通して描き出すというもの。故にガチンコの真剣勝負といったものはなく、珠算に触れ、その面白さや奥深さ、そしてそんな珠算に魅せられた人々と触れあうことで、新たな世界を見るといった感じ。競技としての魅力よりも、より個々人にスポットを当てた形で進行し、イメージとしてはユルめの部活漫画という感じです。主人公のちかも、珠算に魅せられて…というよりは、とっかかりは部員の女の子であるあたり、歳相応の男の子らしくて非常に好感が持てます。

 メンバー構成はなかなかの実力者たち。特に珠算等に力を入れていない学校で、これだけの面々が揃うのは奇跡に近いのだそう。けれどもいかんせん珠算部であり、部員不足で廃部寸前。ついでに部員達もやる気ないと来た。そういう意味では、ゆるゆる系部活マンガのセオリー通りとも言えるわけで、なかなか面白いですね。そんな中、一人だけやる気のあるヒロインに、段々と引き込まれるように部活に向かって行くメンバー達。何かに夢中になっている女の子って、それだけで可愛さ2割増です。容姿磨きに力を入れていたあの子よりも、部活に一生懸命だったあの子の方が、素敵に見えた青春の日々なんて、ありませんでしたか?私はどちらも魅力的に見えましたが。
 
 そういう意味では、これは純粋な“珠算漫画”とは言えないのかもしれませんが、しっかりと物語を動かす大きな歯車として機能しており、テーマとして使ったのは大成功だと思います。そろばんの授業とか懐かしいですよね、よく裏側を方とか首筋のあたりで転がして、マッサージ的なことしていたのを思い出しました。



【男性へのガイド】
→鈴木有布子先生の作品はクセがなく、すんなり読める部分が大きいと思います。ほんわりとした雰囲気なので、もの足りなさを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが。
【感想まとめ】
→もうちょっと続きを読んで、競技としての珠算という側面も見てみたかった気もしますが、ここで終わりとするならば、この使い方や良し。興味深く読む事ができました。


■作者他作品レビュー
ハイスペックなのに地味…そんな彼の高校庶務生活:鈴木有布子「歩くんの○○な日常」1巻


作品DATA
■著者:鈴木有布子
■出版社:新書館
■レーベル:ウィングスコミックス
■掲載誌:ウィングス
■全1巻
■価格:590円+税


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Tag [オススメ] 2011.06.06
1106030935.jpgりさり「いつか見た青い空」


私が人に善意を与えたいと願うように、
誰かが私に与えてくれている



■誰よりも妹をかわいがる姉。甘えんぼの妹。誰もが仲良し姉妹っていいよねと思うような姉妹だった。ところが母親の面会日、姉は突然妹に背中を向ける…。私があの時見た光景。忘れられない、施設の記憶。世界は私を傷つけ、ぎゅっと抱きしめた。名作「ふたりぼっち」を含む、施設で過ごした少女時代を、鋭い筆致で描いた、珠玉の物語を、あなたにお届けします。

 なんだかとっても目を引く表紙だったので、思わず手に取りました。どこで連載していた作品なのかと思ったら、Web(正確にはブログ)で連載していた作品を単行本化したお話みたいです。施設で育った作者さん自身の、私小説的な物語。施設での暮らしと、そこでの出来事を描き、当時の自分の心境を、今の自分が語るというような、独特の語り口での展開となっています。主人公は、施設で暮らす小学生の女の子・さり。そこの施設には、沢山の子供達が一緒に暮らしていて、当然色々な性格の子供達がいます。姉にずっとついてまわる妹に、妹をかわいがる姉。逆に妹ばかりをいじめる姉。そしてたまに会いにきてくれる、お母さんの記憶。。。子供の時に思ったこと、そして今だから言えること。その二つが重なり混ざり、心に刺さる言葉を生み出します。
 

いつか見た青い空
語られる、その時の気持ち、今の気持ち。文字量は多いが、整然とした文章なのでスッと頭に心に入ってくる。


 施設を描いた作品は沢山あるのですが、実際に施設で暮らしていた方が、その時の体験をそのままに描くということで、やはり重みやリアリティが全然違います。例えば、物心ついた時から親はいないので、家族という血の繋がりの中で認識される「兄弟・姉妹」という感覚がわからず、なんでそんなユニットがあるのだろうと思った…とか、母を知らない妹は、とにかく優しくしてくれる姉に母性を見出すけれど、それは姉と二人でいるときだけ、母と会えば姉の母性は消え去り姉妹の関係は崩れる…とか、これは絶対に中にいて、長い時間をかけて噛み砕かないと出てこない言葉だよなぁ、と。やけに冷静に分析できているその語りに驚くと共に、少し寂しく、そして知れて良かったという気持ちが溢れてきます。

 施設の中にも幸せはありますし、そもそも彼女たちはそれがスタンダードで、悲しいだなんて想いやしないのです。けれども歳を重ね知る、自分たちの立場。でもこの物語の良い所は、後日談としてとびきりに幸せな話を用意しているところ。もうそれが、本当にベタ過ぎるくらいにベタなのですが、でも事実なんだからしょうがないじゃん、感動しちゃうじゃん、と。もう読んでておんおんと泣きそうになってしまいました(笑)
 
 絵柄は流行りのものではなく、どこか古くさいというか、堅さを感じさせる印象なのですが、それでもなお突き刺さる言葉の数々と、いやに上手い構成。話の展開はベタといえばベタなのですが、私小説という扱いならば俄然響くというもの。これはちょっと手に取ってもらいたい一作です。オススメで。


【男性へのガイド】
→少女時代ということで、女性のがシンクロしやすそうですが、別にそこまで気にならないと思いますよ。基本的には万人向けかと。
【感想まとめ】
→絵柄が万人受けするようなものではないですが、それを補って余りある内容。私小説ということで侮っていましたが、読めて良かったです。



作品DATA
■著者:りさり
■出版社:新書館
■レーベル:ウイングスコミックス(大判)
■掲載誌:Web掲載
■全1巻
■価格:950円+税


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Tag [新作レビュー] 2011.06.03
1106030929.jpgトジツキハジメ「僕と彼女と先輩の話」


興味はあるだろう?
呪術に



■その血筋に生まれた女性は、早世する変わりに家を繁栄させるという。そんな家系に生まれた鈴木一乙は、現在大学在学中。彼の専らの興味は、最近結婚した最愛の姉を生きながらえさせる方法を探し出すこと。そんな時、大学の構内で出会ったのは、オカルト研究部に所属する怪しげな男・村上寛とその彼女・小林冥沙。二人はそれぞれ特異な能力を持っており、一乙は次第に人ならぬ者の世界へと導かれていく…。これは「俺と彼女と先生の話」へと繋がる、はじまりの物語…

 待ちに待った、待望の新刊!!以前ご紹介しました、「俺と彼女と先生の話」(→レビュー)の続編となる作品。タイトルは「僕と彼女と先輩の話」…ってすごくややこしい(笑)しかもなんか表紙を見ると、あれ、小町嬢がいない…!というのもそのはず。「続編」と銘打っておりますが、物語はむしろ前作よりもだいぶ前。物語のはじまりのはじまりを描いたお話になります。主人公は、女性が早世するかわりに家が繁栄するという家系に生まれた鈴木一乙。大学に通いながら、最愛の姉を生き長らえさせる方法を探っていた彼は、ある日大学構内で怪しげな先輩・村上と出会います。村上に連れて行かれた先は、オカルト研究部。そこに所属する彼と、その彼女・小林冥沙の二人は、それぞれに異能を操ることができるのでした。村上に「姉を助けられるかもしれない」と言われた鈴木は、彼に導かれるように、怪しげな世界へと足を踏み入れていくことになるのですが…


僕と彼女と先輩の話
主人公・鈴木が、村上のとある興味に巻き込まれる形で物語は進展。完全なる当事者でないからこそ、一歩引いたところから除いた薄気味悪さを味わうことができる。


 何やら大きな力を手に入れようとしているオカルト好き・村上と、そんな彼に想いを寄せる霊感の強い彼女・冥沙、そして姉を救いたい一心で村上と行動を共にするようになった鈴木。そんな三人の繰り広げる、ちょっと気味の悪い、はじまりのお話。ここで登場する鈴木は、前作で先生にあたる人物。彼がどうしてあのような生活を送ることになったのか。そして俺と小町が関わった、あの家の正体が、明らかになります。結構謎が多かった部分のある「俺と~」ですが、それぞれの出自が少しずつ明らかになることで、読み返してまたちょっと違った味わいに。小町の出生についても描かれているのですが、幼い小町は無垢でまた可愛いですね。しかしながら、これで全てが明らかになるというわけではなく、さらに続編へと物語は受け継がれていきます。今回は厄災のはじまりのはじまりが描かれるので、物語としても結構後味悪いというか、少なくともスッキリはしません。
 
 雰囲気としては、前作に増してホラーの様相が強くなった感じ。前作は小町の存在が、どこかキャッチーであったために、親しみやすい雰囲気があったのですが、今回はより殺伐として、陰気。というのもヒロインである冥沙はほぼ物語の中心に絡んでこず、怪しげで掴みどころのない村上と暗い性格の鈴木が、曰く付きの場所を巡るというメインストーリーであるため。例えば前作と本作で実写映画化をしたとしたら、絶対にジャンル違って語られるよなぁ、という。これはガチでホラーですもん。それも、派手じゃない、地味にくるやつ。個人的にはどちらも好みなので、満足でした。敢えて軍配をあげるとしたら、小町がいる分前作でしょうか。この作品単体でオススメできるかというと、ちょっとわからないですが、前作をご存知の方は是非とも。次のシリーズが出るのはいつなのでしょうかねぇ。。。気長に待ってみたいと思います。
 


【男性へのガイド】
→男二人で行動というところに、ちょっとしたBL臭さを感じる人はいるかもしれんですが、基本的には気にならないかと。読みやすさは保証です。
【感想まとめ】
→盛り上がりはないです。だからこそ、鬱々と淡々と進行してちょっとした薄気味悪さや陰気さを演出し、この物語の独特の雰囲気形成に寄与しているのかも。前作読者は必読。そうでないなら、とりあえずは前作をどうぞ。


作品DATA
■著者:トジツキハジメ
■出版社:新書館
■レーベル:ウィングスコミックス
■掲載誌:Wings(連載中)
■全1巻
■価格:590円+税


■購入する→Amazon

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Tag [新作レビュー] 2011.05.30
1106030931.jpg森島明子「星学院工科大学 夜間部」


「男の身でも王子になれる可能性が!?」
「王子って普通は男でしょ?」



■女子校育ちで男の子に免疫がない月羽が入学したのは、ただでさえ女子の少ない工科大学の、さらに男の子ばっかりの夜間部!今までに居たことのない環境に戸惑う月羽は、そこで星太という気さくで優しい男の子と出会う。彼に連れられて空倉研究室へ入ると、待ち受けていたのは超個性的な先輩たちで!?夜の工科大学はキラキラな出会いとドキドキな初体験がいっぱい!?

 新書館のカグヤ連載作でございます。1巻完結で送る、とある工科大学夜間部の様子を描いた作品です。ヒロインは、お嬢様でしかも女子校育ちの月羽。そんな彼女が入学したのは、あろうことか男子ばかりが集う工科大学の夜間部。当然のことながら男子に免疫がない月羽は、その環境に困惑するのですが、そんななかにも救いの船有り。ある日出会った星太という優しい少年と仲良くなり、学園生活も一安心…?と思いきや、彼の薦めでお手伝いに行くことになった研究室で待っていたのは、超個性的すぎる先輩たちで…!?というお話。基本ハーレムもののコメディですが、ヒロインの持ち前の可愛らしさと、先輩たちの詰めの甘さで、むしろ男性向けの感すら作品に仕上っております。


星学院工科大学夜間部1
工科大学に入学したのは、もちろん理由があってのこと。素晴らしいデザインにも目がない。

 
 作者の森島明子先生は、普段は百合姫などで百合百合した作品を描いておられる先生です。単行本も複数出しておられますので、気になる方はチェックしてみてはいかがでしょうか?というわけで、到底女子大生には見えない、ぷにロリチックな子がヒロインの本作。ハーレムものの体裁はとっているものの、ヒロインを筆頭に多くのキャラが、そして話のノリすらもかわいいかわいい。男性に免疫のないヒロインが、男ばかりの環境に置かれ、その中で初めての気持ちを知っていくという、ある種典型的な展開を辿るのですが、そこでぶつかる壁は、“はじめて自覚する恋”であったり、“相手が自分のことを好きになってくれない”とか、そういうもの。その悩み方も、「小学生か!」という感じのノリであり、ポップで可愛らしい作品の雰囲気には合ってはいるものの、どこか幼すぎる感を受ける人もいるかもしれません。


星学院工科大学夜間部
恋の相談相手はお姉さん。小学生レベルの恋愛感覚しかもっていない妹に、的確なアドバイスを与えてくれる。


 そもそも話の設定や作り自体が甘く、どうして夜間部なのかといった説明はされません。ただそもそもリアリティを求めるような掲載誌でもありませんし、どちらかというと重視されるのはキャラ萌え的な部分。そういう意味でこの作品に登場するキャラクターたちは、それぞれ個性が立っており、非常に優秀なんです。性に興味のないゲイや、建築にしか興味の向かない天才、百合大好きなオタクに、学生結婚で子持ちの先輩、女装して女性と同棲している美人や、超腐女子な超美人の姉など、そのラインナップは幅広く、そしてどのキャラも嫌味がないんですよね。百合ないしBLを描いてらっしゃる作家さんにしばしば見られる、めくるめく性倒錯は、そのキャラクターのラインナップを見て頂ければわかるとは思うので、そういうのが苦手でなければ大丈夫。


 タイトルにも含まれている通り、星が物語通してのモチーフになっています。そして最初に出会う男の子も、星太くん。なんて星を起点として考えていたので、ラストとして落ち着いたところは本当に驚いたわけですが。一瞬「え?え?」と(笑)まぁそれは読んでからのお楽しみ。ちなみに舞台は工学院大学がモデルみたいですね。CMでも見たことのある建物だったので、キャンパスの絵からすぐにわかりました。


【男性へのガイド】
→ヒロインの月羽だけでご飯3杯はイケるはず。美人のお姉さん登場で、更に倍。
【感想まとめ】
→ストーリーなんてあってないようなものなんです!でも良いんです!キャラクターとノリの良さで強行突破のポップなラブコメ。個人的にはなかなか楽しめましたですよ。


作品DATA
■著者:森島明子
■出版社:新書館
■レーベル:SPADEコミックス
■掲載誌:カグヤ
■全1巻
■価格:590円+税


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Tag [オススメ] [BL] 2011.05.07
1102940578.jpg山中ヒコ「エンドゲーム」 (1)


言えない言葉は
二つに増えた



■克哉は共に暮らす親代わりの青年・透に道ならぬ恋心を抱いていた。けれどもそんなこと、言えるはずもない。その想いを胸に秘め、日々柔道に打ち込んでいた。そんなある日、亡くなった母の知り合いだという男から、母の死は事故ではなく轢き逃げ   殺されたのだと聞かされる。今まで知ることのなかった真実。母の記憶は朧げで、実感の湧かない克哉であったが、当時の新聞記事にあった遺留品の記述から、透が犯人かもしれないという疑念が生まれ…

 山中ヒコ先生の新作…ってレビューしようしようと思ってるうちに2巻まで出て完結しちゃったよ!ということで、「エンドゲーム」のご紹介です。義理の親子の禁断の愛を描いたお話です。主人公は、孤児であった所を透に引き取られ、今は二人で暮らしている克哉。大きく逞しく育った彼は、日々柔道に打ち込み、全国的にも有名な選手に育っていました。そんな彼には、秘めた想いがひとつ。それが、親代わりに育ててくれた透のことを、思い続け日がなよからぬ妄想を繰り広げているということ。これが許されない想いであることを自覚し、日々我慢しながらの生活。そんなある日、亡くなった母の知り合いだという男から、母は轢き逃げで死んでいたことを告げられます。気になって過去の新聞記事を調べると、そこには松脂が現場から検出されたとの情報が。透は画家で、松脂を使ったターペンタインを使っていることから、克哉は透が轢き逃げの犯人ではないかとの疑念を抱くようになるのですが…というお話。


エンドゲーム
克哉の想いを秘めざるをえないしがらみは多い。動きたくても、動けない。


 寡黙で黙々と部活に打ち込む、大柄な高校生と、弱々しく頼りなげで、けれども子供のことを第一に考え生活している画家の、疑似家族BL。禁断がいくつも重なるような、複雑な事情ではあるのですが、引き取り育ててくれた透が自分を孤児にした轢き逃げ犯であるかもしれないという疑念が一番大きな問題として主人公の前に横たわるため、その他の禁忌は比較的無意識のままに物語は流れていきます。主題として用いられる疑疑念で終わるはずもなく、真実は1巻ラスト~2巻にかけて明らかに。結果主人公は、積み重ねた大切な時間と、過去に冒した大きな過ちを心の計りにかけ、己の進退を決定していかなくてはならないのですが、その過程が切ない切ない。そしてドンピシャに狙ったタイミングで、過去の思い出を挟んできて、泣かすのですよ。ずるいです。
 
 苦悩・葛藤する主人公に対し、透は何もしません。いや、できないと言った方が正しいのか。向かう先は悲しき未来、けれども自分の気持ちに嘘はつけず、日々を慈しむように記録の収めるその姿が、これまた切ないです。どちらも共に、ストイックというか、必要以上に我慢しちゃうんですよね。優しく切ない、良き作品でした。
 
 物語は2巻半ばで一応完結。残りは番外編が組み込まれるのですが、ちょっとだけ切なさのある良き余韻を残しての最終回であっただけに、その後をガッツリ描かれるのは個人的にちょっと残念だったかもです。それであれば子供時代の思い出に絞ってもうひと泣かせとか。なんてワガママでしかないわけですが。何はともあれ、素敵なお話でした。


【男性へのガイド】
→BLですので。BLですので。はい。
【感想まとめ】
→ゼッタイにありえないであろう設定を、上手いこと物語の中に日常風景のように溶け込ませてしまう手腕はお見事。プラトニックに切ない物語は好物です。


■作者他作品レビュー
山中ヒコ「丸角屋の嫁とり」
山中ヒコ「森文大学男子寮物語」


作品DATA
■著者:山中ヒコ
■出版社:新書館
■レーベル:ディアプラスコミックス
■掲載誌:ディアプラス(連載中)
■全2巻
■価格:571円+税


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かくかくしかじか
東村アキコ「かくかくしかじか」(1)
レビュー
東村アキコ先生が贈る、美大受験期の自伝漫画。東村アキコ作品らしい勢いの良さだけでなく、急転してのシリアスな締めなど、一冊に笑いと感動が詰め込まれた贅沢な作品。




王国の子
びっけ「王国の子」(1)
レビュー
稀代のストーリーテラー・びっけ先生が描く“影武者”もの。王位継承権を持つ王女の影武者に、町の芝居小屋で役者をしていた少年が選ばれるというストーリー。良く練られた背景を説明するために、1巻まるまる使うような、重みと読み応えのある一作。




シリウスと繭
小森羊仔「シリウスと繭」(1)
レビュー
2012年で一番の掘り出し物。独特の絵柄で描き出すのは、どこにでもあるような高校生の恋愛模様。けれどもそんなありふれた感情を、ゆっくりと丁寧に描くことで、なんともいえない味わい深さが生まれています。出会いから仲良くなる過程、そして恋を自覚し、葛藤する様子まで、その全てが瑞々しさに溢れていて、なんとも愛おしい。




トーチソング・エコロジー
いくえみ綾「トーチソング・エコロジー」(1)
レビュー
売れない役者が、役者仲間を亡くしたと思ったら、お次は隣に高校の同級生が越してきて、さらには何やら自分にしか見えない子どもの姿が見えるように…。どこかゆるさのある不思議なテイストのお話なのですが、いくえみ作品で実績のある「ある者の死と、残された者の感情」を描き出す類いの作品ということで、この先きっと面白くなってくることでしょう。




BEARBEAR
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レビュー
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かみのすまうところ。
有永イネ「かみのすまうところ。」(1)
レビュー
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