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Tag [新作レビュー] [オススメ] 2015.02.21
1106491271.jpg雁須磨子「こくごの時間」



何 覚えてる?



■教科書に載っていた作品で好きだったのはなんですか?
忘れていた、あの時間、あの文学、あの気持ち。国語の時間に読んだ本がつなぐ、「あの頃」と「今」。教科書オムニバスストーリー!

 雁須磨子先生のmotto!連載作です。国語の教科書に載っていた文学作品をテーマに描く、オムニバスストーリーです。取り上げられる作品は「走れメロス」や「山月記」といったメジャーなものから、「くまの子ウーフ」「言葉の力」「夕焼け」など、聞いてもいまいちピンとこなかったり、フレーズを聞いて「ああ、そういえばあったね」とやっと思い出すようなものまで。使っていた教科書や時代にもよってくるのかと思いますが、人それぞれ思い出に残っている作品は違うのでしょう。本作はそんな作品の登場人物やエピソードに重ねつつ、現代に暮らす人たちの心の機微を描き出します。


こくごの時間0001
こくごの時間あるある。見込んでた場所とズレて当たって焦るとかありましたよね。


 私はあまり国語は得意な方ではなかったのですが、それでもやけに印象に残っている作品というのは幾つかあります。作中にはタイトルのみ出てくるだけですが、「スイミー」は小学校の時に劇をやって、自分がスイミーのセリフを言ったということもあってよく覚えていますねぇ。あとは「赤い実はじけた」の朗読がやけに気恥ずかしかったり、エーミールの出てくる「少年の日の思い出」ですごく嫌な気分になったり、「ちいちゃんのかげおくり」でしんみりしたり……。そうそう、「少年の日の思い出」は別枠でコミカライズとして収録されているのですが、今読んでもなかなか味わい深い内容で、久々にあの時の気持ちを思い出しました(笑)

 個人的にお気に入りだったのは、大岡信「言葉の力」をモチーフに描いたお話。つけまつげモリモリのギャル子ちゃんが、同じクラスの地味なメガネの男の子に興味を抱き、声をかけてみるという内容。お互いに友達も住む世界も違う、ぱっと見相容れない存在の二人なんですが、静かながらも妙に居心地よさそうなギャル子ちゃんと、珍しい人に声をかけられ焦りながらも悪い気分はしていないメガネくんの関係がめちゃくちゃ「恋」という感じがして素敵なんです。別に手をつなぐわけでも、好きだと言うわけでもないんですが、どこまでも恋だなぁ、と。本作に「言葉の力」がどう絡むかは、読んでからのお楽しみということで。

 もうひとつのお気に入りは吉野弘の「夕焼け」をテーマに描いた作品。夕焼けは夕暮れの電車の中でよくある光景を書いた詩なのですが、本作もお年寄りに席を譲る話が描かれています。主人公は満員電車で色々と考えながら通勤しているのですが、私も満員電車で通っているので「あるある……」と思うシーンがしばしば。お年寄りに席を譲るべきかってのは、いつも悩ましい問題で、周りの目や自分自身の善意の度合いや、相手が本当に席を譲られることを欲しているのかとか、色々なことをぐるぐる考えてしまいます。もちろん作品に登場するような「娘」も出てきます。

 先述の通り、エーミールが登場する「少年の日の思い出」はそのまんま原作をコミカライズした形になっており、これはこれで面白いっていう。当時は「なんて後味の悪い話なんだろう」ぐらいにしか思っていなかったのですが、今となっては主人公の気持ちがよくわかる。


こくごの時間0002
多くの人が覚えているであろうセリフ「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。」


 上のセリフのほかにも「この少年は非の打ちどころがないという悪徳を持っていた」ってのは言いえて妙な素晴らしい表現ですよね。訳者さんの力によるところも大きいのかもしれません。当時このことについて授業で考えたりしたのかもしれませんが、全く覚えていません(笑)このお話は『思い出』とあるように、主人公が過去を回想して話すというスタイルを取っています(全然覚えてなかったですが)。自身の中で冷静に整理がされているからこそ表現できる言葉たちなんだな、だからむしろ大人にこそ響く作品なんだな、と思わされたお話でした。


【男性へのガイド】
→motto!は男性にも親しみやすい作品が多いのですが、本作もその類のうちのひとつかと思います。
【感想まとめ】
→良かったです。なんとなく続き物になっている序盤のお話よりも、むしろ単発の作品の方が心に響いたのですが、他の人はどうだったのでしょうか。オススメです。


作品DATA
■著者:雁須磨子
■出版社:秋田書店
■レーベル:Akita Lady's comics motto!
■掲載誌:motto!
■全1巻
■価格:680円+税


■試し読み:第1話

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Tag [新作レビュー] 2015.02.12
1106481875.jpg三島衛里子「私立ブルジョワ学院女子高等部外部生物語」



私は……
サロンの一員になれる!!




■誰もが羨むセレブ女子校「ブルジョワ学院女子高等部」。中でも中等部から内部進学した“内部生”たちの日常生活は庶民派の“外部生”えり子にとって驚天動地の連続で……!?セレブ女子校の内情と、セレブと庶民の埋められない(!?)格差を描く、カルチャー・ギャップ・セミ・ドキュメンタリー!

 「高校球児ザワさん」の三島衛里子先生による、セレブ女子高の日常を外部生の視点から描いた半自伝的作品になります。「ザワさん」が共学の学生生活っぽい要素をたっぷり詰め込んだ作品だったので、てっきり三島先生は共学出身かと思っていたのですが、どっこい実は女子高出身でしかもお嬢様学校に通っていたという。ブルジョワ学院として描かれているその高校は、中等部からの持ち上がり組(内部生)がお嬢様を地でいく人たちであるのに対し、外部生はガリ勉でモサイ感じが拭い切れず、どうしても越えられない壁というものが立ちふさがります。えり子は当然のことながら外部生。入学して驚愕した数々の出来事と、その中でいかにして生き抜いていったかという様々なエピソードが、面白おかしく描かれております。


ブルジョワ学院
日常的にバイオリンをするなんて想像がつかないし、していたとしてもそんなところにアザができるなんてわかりもしない。この文化的格差。そして「内部生はいけてるしそういうこともしているだろう」という、下世話な偏見。なかなか相容れません。


 描かれる時代は、ギャルを意味する渋谷系が最もイケているとされた時代。ルーズソックスに茶髪全盛というころでしょうか。女子校生はイケイケで、様々なメディアでもてはやされたころだそうです。自分はまだ小学生とかそのくらいでしたでしょうか。この頃は特定の高校がブランド化しており、ブルジョワ学院も例外でなかったそうで。。。

 私は大学まで一貫して国立・公立だったので、私立高校ならではの雰囲気とか内部生と外部生の帰属意識とか、そういったものには触れずに来たのですが、やはりわかる人にはわかるものなのでしょうか。資金力や育ちの良さ、それに裏打ちされたあか抜けた感…洗練されたおしゃれリア充な路線を走る内部生と同じラインで勝負するのはどうしても分が悪い。それ以外の路線で勝負せねばならない(と思い込んでいる)外部生たちは、あれこれと考えを巡らせて自分のアイデンティティを探っていきます。ただどうしても外部生根性が抜けないのか、内部生から認められるとなんか嬉しいっていうあたりは、なんだかわかる気も(笑)

 ザワさんとはだいぶ異なった作品のようにも見えますが、外から入ってきた異質な存在が織りなす笑いやほっこりといった構造は、同じなのかなと思います。こちらの方が自伝である分、自虐的に笑わせてくる部分が多くなってはいますが。また多分にバイアスがかかっているように思いますので、これがこの学校の真実かというと、もちろんそうではないはずですので(時代も違いますしね)。


【男性へのガイド】
→女子高ならではの内容で色気もへったくれもないですけれども、脱力しつつ楽しめる読み物で、ハードルはかなり低めかと思います。
【感想まとめ】
→掲載紙が休刊となったことで1巻完結、なんとなくふわっと終わっている感はあるのですが、終始肩ひじ張らず楽しめる作品でした。



作品DATA
■著者:三島衛里子
■出版社:秋田書店
■レーベル:motto!
■掲載誌:motto!
■全1巻
■価格:680円+税


■試し読み:第1話

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Tag [新作レビュー] [オススメ] 2014.09.13
1106402008.jpg阿部共実「ちーちゃんはちょっと足りない」



ちょっとくらい
ちょっとくらい
恵まれたって
いいでしょ私たち




■いつも何かが欲しくって。
 中2女子・ちーちゃんとナツの日々日常。

 「空が灰色だから」の阿部共実先生がエレガンスイブ増刊「もっと!」で連載していた作品です。「このマンガがすごい!Web版」の7月のランキングで圧倒的1位だったのですが全くのノーマークでして、後追いで読んでみたのですがこれがすごかった。心えぐられるというか、気力という気力が全身から抜かれる感じで、1週間くらい仕事を気合入れて出来なかったような気さえします(笑)

 描かれるのはとある町の団地で暮らす中学2年生の女の子の日常。「団地の子と遊んじゃだめよ」なんてフレーズをいつやらか聞いたことがあると思うのですが、その“団地の子“にフォーカスを当てたお話です。メインで描かれるのは、タイトルにもなっている女の子のちーちゃんと、その幼馴染であるナツ。双方の家庭共に基本的に世帯収入は低めで、欲しいものはたくさんあるけれどあんまり買ってもらえない。主人公であるちーちゃんの家は母子家庭で、姉は受験勉強をしながらバイトをしているという毎日です。それでも学校には友達もいるし、毎日楽しい。。。はずだったのですが、中学生になり自意識がいっそう強くなり、自分の「持たざるもの」を強く意識させられるようになると、日々は途端に曇りだします。そんな中で起きる、とある事件が起きるのですが…。

ちーちゃんはちょっと足りない2
言い知れぬ精神状態によって世界が歪んだり、当人がまっ黒になったりといった阿部共実的表現は健在です。


 序盤は単なる中学生の日々日常を描いただけのお話なのですが、話が進むにつれてだんだんと雲行きが怪しくなり、そこからはめくるめく展開に。これはズルいっす。何度だって読み返したいし、何度読み返してもダメージ受けるんでしょうねこれは。既読作については他人の感想って興味を持つことはないのですが、本作はこれを読んだ人がどう感じたのかめちゃくちゃ気になります。ちょっと今までにない感覚です。基本ネタバレ多めの当ブログですが、今回はかなり多いと思いますので、未読の方はご注意ください。

 さてさてここからは本編に踏み込んだ感想です。ちーちゃんは恐らくですが、描かれ方を見るに、軽度の知的障害を持っているんじゃないでしょうか。ゆえに自分が「足りない」ことに対してあまり自覚的でありません。一方ナツは、そんな自分の境遇に引け目を感じ、その理不尽さに絶望をするようになります。どちらの方が幸せなのか。


ちーちゃんはちょっと足りない10008
足りないのは、単にお金だけじゃなく、たとえば勉強であったり、人付き合いであったり、「箸の持ち方」といった所にも。それをトータルすると、自分の明るい未来を思い描く材料が足りないってことになるんですよね。そしてそのことを想い描かれるナツの言葉がグサグサ刺さる。「貧乏は罪なの?」「未来がせまいよ」と。


 このどうしようもない理不尽さを、ナツを通して読者も味わう形になっているのですが、物語のラストまでいっても明るい未来が見えず、もやもや感の捌け口がない親切仕様。ちょっとしたボタンの掛け違いみたいなものなんですけれど、それをどうにも対処できない。そういった対人関係の築き方の下手さも含めて「足りない」ということなのでしょう。この事件だって、誰が悪いってワケでもないんですよね。行動を起こしたのはちーちゃんなのですが、それを焚き付ける形になったのはちーちゃんのお姉ちゃんですし、そしてその大元となったのは、大声で自分の願いを叫んでた他でもないナツなのですから。そこで自分を省みれるとまた違うのかもしれませんが、絶望している中学2年生にそれはきつい。

 なんだか着地点が見えなくなってしまったのでそろそろ締めますが、とにかくすごい作品ですので、ぜひとも読んでもらいたいです。年末のムック本はこれが本線ですかねぇ。。。巻数表記がないのでこれで完結と思われますが、続きを読みたいような読みたくないような…。

 
【男性へのガイド】
→阿部共実先生の作品ですし、女性向け感も特になく、男女問わずオススメできますです。
【感想まとめ】
→これだけ書いておいてなんですが、本当は何も言わず先入観なしで読んでもらって、その感想を聞きたかったりするという。もう全力でオススメです。


作品DATA
■著者:阿部共実
■出版社:秋田書店
■レーベル:motto!
■掲載誌:もっと!
■全1巻
■価格:680円+税


■試し読み:第1話

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