
「今」を
生きてるんだ
■小さい頃は、ホットチョコレートが好きだった。夜中怖くて眠れない時に、お父さんが作ってくれた、甘くて綺麗なチョコレート。おいしそうに飲む私を、優しく見つめる父と母。それから20年近く経ち、千代子は25歳に。優しかった父は突然姿を消し、傷心の母は、その後笑顔が消え、病気で先日亡くなった。幸せを壊したのは、父と父のショコラの店。手放さなかった母が亡くなり、やっと店を手放せると思った矢先、空きの店舗に出店者が。その店主・知世子は、20年前に失踪した父の秘密を知っているようで…?
「ワールドエンドゲーム」(→レビュー)などを描いている、KUJIRA先生の新作でございます。今回も1巻完結。テーマと設定を1巻使って存分に活かしていて、個人的にはすごく楽しめた作品でした。お話の主人公は、25歳のOL・千代子。ショコラティエだった父と、優しい母の間に育った幼少時代。小さい頃は、父親の作るホットチョコレートが大好きだったのですが、ある日父は突如失踪。母はそのことに心を痛め、ついぞ元気を取り戻すことなく、先日病気で亡くなったのでした。全てを壊したのは、いなくなった父親。父の失踪後も、母が頑に手放そうとしなかった店舗とも、これでやっとオサラバできる。そう思っていたある日、なんと空き店舗に勝手に出店者が、しかもあろうことに、チョコレートのお店。店主に勧められるがままに、一口そのチョコを食べてみると、その味には覚えが。どうもその女店主・知世子は、失踪した父親のことを知っているようで…というストーリー。

タイトルにもなっている通り、チョコレートが重要な存在となる。モチーフとも言えるが、物語には決して甘さはない。先行するのは、苦み。そして最後に、仄かに甘い。例えるならば、ビターチョコって感じでしょうか。
父親のことは匂わすも、肝心なことは何一つ教えてくれない知世子。そんな彼女に、苛つきを覚え、より心を固くさせるヒロインの千代子。仕事も、プライベートも、何一つ楽しくない、いつのまにかそんな人生を送っている自分に嫌気が差し、そしてその元凶を、父親がいなくなったあの日だと考える。そんな彼女が、ひとつひとつ真実を知っていくことで、固くなった心を溶かしていく。そして行きついた先にあったのは、あの日のチョコレート。導入から、ホットチョコレートを通して、彼女の思い出を描写していくのですが、チョコを通してという部分は徹底していて、転換点には必ずチョコレートを絡ませてきます。
物語中に登場するチョコレートなのですが、モチーフとしてという感じは最初のホットチョコレートだけで、その他はあくまでアイテムとして使用している所が、また良いのです。例えば父親との思い出を繫いでいたのは、効きチョコレートとその味ですし、何より最後の最後で彼女を救ったのは、チョコレートのレシピメモでした。ベタといえばベタなのですが、不幸せが積もるヒロインとその物語の中でこういった演出が出てくると、効き目は倍増。思わず目頭がアツくなってしまいました。
またチョコレートの他にも、父親とヒロインを繫ぐ共通項というものがあって、ヒロインはあの日までの幸せだった日々に自分の心を閉じこめて、時間を歩かずにいましたが、一方の父親もまた、望まずして自らの時間を止めることになってしまいました。離れていながら、止まったままあの日を生きていた二人という状況は、どちらかというと怖さが先行するイメージで、そこから最後抜け出せたという意味でも、読後感は本当に良かったな、と。とにかく1巻でここまでまとめるかという、上手な展開。そして最後に残る、幸せな気持ちと前向きな気持ち。ギフトとしてもらったチョコを食べているような、そんな素敵な感覚を与えてくれる一冊なのでした。
【男性へのガイド】
→フィールは女性向け感強めだと思うのですが、こういう空気感がお好きな方もおられるのかな、と。
【私的お薦め度:☆☆☆☆☆】
→前作がサラッと終わったのに対して、今回は山と谷の起伏が激しく、しかも最後しっかり纏まっているというところに、驚いたというか感動したというか。これはオススメですよ。
作品DATA
■著者:KUJIRA
■出版社:祥伝社
■レーベル:フィールコミックス
■掲載誌:フィールヤング
■全1巻
■価格:933円+税
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