このエントリーをはてなブックマークに追加
Tag [オススメ] [新作レビュー] 2011.07.12
1106053377.jpg雲田はるこ「昭和元禄落語心中」(1)


落語の世界は
ダメな奴にだって
ちゃんと優しいんだ



■満期で出所の模範囚。誰が呼んだか、名は与太郎。身を引き取る者もない中で、娑婆に放たれ向かった先は、人生うずまく町の寄席。昭和最後の大名人・八雲が、ムショで演った「死神」を忘れられず、生きる道は噺家と決めておりました。今まで一度たりとも、弟子などとった事がない八雲師匠。惚れて泣きつく与太郎やいかに……!?

 「野ばら」(→レビュー)など、BL作品で知られる雲田はるこ先生の、ITANでの連載作になります。タイトルから見てもわかるように、落語を題材としたお話。表紙で描かれているのがオッサンなので、枯れセンの落語話かと想いきや、この人は主人公のお師匠様になる人。昭和最後の大名人と呼ばれる、生ける伝説・八雲。主人公になるのは、そんな八雲が刑務所で行った慰問落語に聞き惚れた、出所ほやほやの22歳・与太郎。引き取り手もなく、行くあてもない彼が、出所直後に一直線に出向いたのが、八雲の寄席。「弟子は絶対に取らない」と有名であった八雲ですが、気が変わったのか、それともよほど与太郎が気に入ったのか、弟子にしてくれと懇願する彼を即座に受け入れてしまいます。そんなわけで、彼の一番弟子となった与太郎は、昭和最後の大名人の元で、落語を学んでいくことになるのですが…


昭和元禄落語心中
落語をネタとしてではなく、きちんとテーマとして描き出す。落語の今まで、落語のこれから、落語を聞く面白さ、そして、落語を演る難しさに、上手く行ったときの楽しさ。

 
 ヤクザが落語の世界に…というと、宮藤官九郎が脚本をつとめた「タイガー&ドラゴン」を思い出します。シチュエーションなども似ているので、あの作品を知っている人が読んだら、無意識のうちに所々で比較するかもしれませんね。あちらは不器用で笑いのセンスのない主人公を長瀬智也が演じていましたが、こちらは非常に愛嬌のある性格の主人公。常識はないけれども一本筋が通った性格をしていて、かつ物怖じしないので、心配する周りの人間を他所に、あっという間に落語の世界に溶け込んでいきます。読んでいても、「この子はすごく好かれる性格だろうなぁ。」と。間違ったことをしても素直に謝れるし、なにより正直な所が非常に好感を与えます。豪快な所も、物語的には良いですしね、素晴らしい。
 
 そんな彼の人柄のみでもっていくのかと思いきや、それだけではなく、色とりどりの人間模様によって、お話の方は非常に厚みと深みのある物語となっています。まずは彼の師匠となる、昭和最後の大名人・八雲がとにかくクセ者。今まで一度たりとも弟子を取った事がないという過去からもわかるように、茶目っ気たっぷりでありながら、どこか一線を引いて人を寄せ付けないオーラを持っています。落語への姿勢は人一倍厳しいけれど、それを他者に伝えようとはしません。それは、タイトルの「落語心中」という言葉になって表れているわけですが、独自のポリシーを持ち、それを貫徹する人なんです。言ってみれば、この人の生き方や、過去というものが一つ物語の土台となっていて、その上を主人公を初めとしたキャラクターが動き回るというようなイメージです。


昭和元禄落語心中2
それぞれに、落語に対する想いがある。真剣だからこそぶつかることもあるし、感化されることもある。様々な想いが、落語というひとつの芸を介して交わる。


 もう一人、この物語に大きな影響を与えるのが、八雲の家に暮らす一人娘・小夏。この子、八雲師匠の実娘ではなく、養子。その親というのが、八雲と人気を二分し、これからという時に事故で亡くなった天才落語家。娘である小夏は、父の落語をこよなく愛し、逆に八雲には様々な想いから、反発心を持つように。どちらも素直でなく、そして落語に対する熱いポリシーというものがあることから、同居していながら不仲という状況にあります。この小夏という存在と、今は亡き天才落語家の存在が、この物語に大きな影を落とします。主人公も、八雲も、小夏も、それぞれに落語に対する想いがあり、それは決して変化することがないほどに深く自身に根付いたものになっています。この物語で醸成されているのは、全て落語に根付いた人間関係。一つの事に対して、様々な想いが渦巻くから、物語を構成する色は混ざり合いより濃い色へと変化していきます。もう、本当に濃密。
 
 主人公の元来のコメディっぽい性格と、物語の背景にある暗い部分とが、絶妙にマッチして、極上の物語を生み出しています。えーと、だいぶ遅くなりましたが、このお話、めちゃくちゃ面白いです。本当にこれはチェックして欲しい一作。ITANはどれも心惹かれる作品が多かったのですが、その中でもこれは抜群に面白い。人物像といい、物語の構成といい、全てが味わい深く、濃い。濃いんです。


【男性へのガイド】
→BL作家さんの作品ですが、有り余る濃密さでそんなものは全く感じさせることなく面白い。男女関係なく楽しめると思います。
【感想まとめ】
→これは面白かった。ITANの一番の、というよりも、個人的には今年一ニを争うほどに、楽しみな新作が登場したという感覚です。是非ともチェックを。


作品DATA
■著者:雲田はるこ
■出版社:講談社
■レーベル:ITAN
■掲載誌:ITAN(連載中)
■既刊1巻
■価格:562円+税


■購入する→Amazon

カテゴリ「ITAN」コメント (2)トラックバック(0)TOP▲
コメント

八雲師匠!なんと言っても八雲師匠ですよ!!
あの色っぽさと茶目っ気がなんとも・・・・・・
次巻が気になりますよねー!!
またレビューしてくれたらな・・・いつ゛きさん・・・・・・
From: 雪見だいふく  * 2011/07/23 22:13 * URL * [Edit] *  top↑
早くebookjapan入らないかなぁ~

このブログ、サイコー!
From: 野間 * 2011/08/26 01:10 * URL * [Edit] *  top↑

管理者にだけ表示を許可する

この記事にトラックバック
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
タグカテゴリ
月別アーカイブ
リンク
プロフィール

Author:いづき
20代男、Macユーザー。野球はヤクルト、NBAはマジックが好きです。

文章のご依頼など、大事なお話は下記メールアドレスへお願い致します。


■Twitter
@k_iduki

■Mail
k.iduki1791@gmail.com
※クリックでメール作成
RSSフィード
▽最新記事のRSSを購読

a_m.jpg
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Power Push
2012年オススメはコチラ→2012年オススメ作品集


かくかくしかじか
東村アキコ「かくかくしかじか」(1)
レビュー
東村アキコ先生が贈る、美大受験期の自伝漫画。東村アキコ作品らしい勢いの良さだけでなく、急転してのシリアスな締めなど、一冊に笑いと感動が詰め込まれた贅沢な作品。




王国の子
びっけ「王国の子」(1)
レビュー
稀代のストーリーテラー・びっけ先生が描く“影武者”もの。王位継承権を持つ王女の影武者に、町の芝居小屋で役者をしていた少年が選ばれるというストーリー。良く練られた背景を説明するために、1巻まるまる使うような、重みと読み応えのある一作。




シリウスと繭
小森羊仔「シリウスと繭」(1)
レビュー
2012年で一番の掘り出し物。独特の絵柄で描き出すのは、どこにでもあるような高校生の恋愛模様。けれどもそんなありふれた感情を、ゆっくりと丁寧に描くことで、なんともいえない味わい深さが生まれています。出会いから仲良くなる過程、そして恋を自覚し、葛藤する様子まで、その全てが瑞々しさに溢れていて、なんとも愛おしい。




トーチソング・エコロジー
いくえみ綾「トーチソング・エコロジー」(1)
レビュー
売れない役者が、役者仲間を亡くしたと思ったら、お次は隣に高校の同級生が越してきて、さらには何やら自分にしか見えない子どもの姿が見えるように…。どこかゆるさのある不思議なテイストのお話なのですが、いくえみ作品で実績のある「ある者の死と、残された者の感情」を描き出す類いの作品ということで、この先きっと面白くなってくることでしょう。




BEARBEAR
池ジュン子「BEAR BEAR」(1)
レビュー
高校生には到底見えないロリっ子ヒロインが好きになったのは、遊園地のクマの着ぐるみ。着ぐるみの中身は同じ学校の子で、結局付き合うことになるものの、その後も変わらず相手はクマの被り物をしているという、シュールな光景が繰り広げられます。なんとも奇妙な相手役、かつなんともかわいらしいヒロインの、初々しいやりとりに終始ニヤニヤ。




かみのすまうところ。
有永イネ「かみのすまうところ。」(1)
レビュー
期待の若手作家・有永イネ先生の初オリジナル連載作は、宮大工の世界をファンタジックに、そしてファンシーに描いた青春ストーリー。宮大工という伝統ある重厚な世界を、美少女な神様をはじめ、これでもかとポップに描き出します。かといってシリアスさがないわけではなく、コミカルとシリアスが丁度良いバランスで推移。まだ1巻のみですが、これから先の展開を大きく期待させてくれる作品です。