西炯子「兄(アニ)さんと僕」
こんな感じで
間抜けと兄さんの修行は続くのでした■これはある落語家んとこに弟子入りした、ある間抜けのお話。
この男、中村正直(25)が弟子入りした先は、大名人・三々遊亭小正月の…孫の小いぬ。ご存知でしょうが落語の世界は、一分でも早く弟子入りした者が上なので、去年祖父である小正月に弟子入りしたこの小学生の小いぬは、わん子の師匠になるのです。落語家どころか、ふつうの生活すらあやうい間抜けな正直改めわん子の、騒々しくも楽しい日々を、お届け致します。
8月より毎月発売の西炯子先生の新作でございます。表紙からもわかるように、落語の世界を描いた一作。落語というと、今年一番の新作と勝手に思っている雲田はるこ先生の「昭和元禄落語心中」(→
レビュー)が記憶に新しいところですが、こちらもまた面白いですよー。とはいえ落語界に生きる人々の想いや業を描いた「昭和元禄~」に対して、こちらは完全にユルいコメディ。ポジション的にはむしろ、久米田康治先生が原作をつとめる女子落語コメディ「じょしらく」などに近いかもしれません。主人公となるのは、25歳にして大名人・三々遊亭小正月に弟子入りした中村正直。しかし一秒でも早く弟子入りすれば立場は上となる落語の世界、彼の兄弟子となったのは、小正月の孫で小学生の小いぬ。小いぬの弟子ということで、芸名はわん子になりましたとさ。なんとも頼りない、遊びたい盛りの兄さんですが、それでも芸の腕前は確か。アホウなわん子は、素直に愉快に日々を送るのですが、アホウすぎて…というお話。

落語の才能は、はっきり言って無い主人公。それでもマイペースに落語に向き合い、覚えようとする。
その設定からもわかるように、その全てがコメディ。主人公の性格が能天気なアホウということで、全体的にユルい雰囲気が漂うコメディ作品となっております。1話の分量も比較的短め。その中で、ユルくもしっかり起承転結を用意して、落としきるところはさすが落語を題材にしているだけあるな、という感じ。落語についてはさほど明るくないので、全てが全て落語の噺がネタ元になっているのかはわかりませんが、明らかにこれが元ネタだな、とわかるエピソードもちらほらあり、思わずにんまりです。
ベースとなるのは、主人公・わん子と、兄弟子となる小学生・小いぬのやりとり。なんとなく小学生に振り回される大人…という構図を想像されるかもしれませんが、むしろ逆。物語を残念に動かすのは、決まって主人公のわん子です。小いぬは小学生といえどさすがに大名人の孫、落語の腕は確かですし、兄弟子としての自覚もそれなり。もちろん遊びたい盛りではあるのですが、わん子があまりにアホなのでしっかりせざるを得ないという。また三々遊亭小正月に弟子入りしている小いぬ以外の兄弟子たちも、基本的には変人揃いなのですが、そんな彼らのリズムを崩しまくるわん子の前ではなす術なし。とにかくペースはわん子なのです。

弟弟子ということで、兄弟子の生活圏にも踏み込む。ということは当然小学生の文化圏とも触れ合うわけで、小学生ネタは結構多い。
西炯子先生のコメディというと、どうしても下ネタ先行なイメージがあったのですが、こちらは小いぬがいるということもあってか、下ネタはほぼなし。その辺も今までとイメージが異なり、すごく新鮮でした。コメディは一癖二癖あって、万人向けはせんのではないだろうかと思うところがあったのですが、こちらについては間違いなく万人に向けてオススメできる内容になっていると思います。「ちるちる!」(→
レビュー)とも、「ふわふわポリス」(→
レビュー)とも違う、また一味違った西炯子ワールドをご堪能ください。
また巻末には、西炯子先生の落語家・柳家喬太郎さんのスペシャル対談が収録されており、これがまた結構なボリューム。1話1話が短いために、収録話数が多くこれだけでボリューミーな印象を受けるのですが、これがあることでさらに濃密に。価格は524円ということで、青年コミックなどと同価格帯で、これはお得だと思います。コスパを考えても、これはやはりオススメでございます。
【男性へのガイド】→大人も子どももおねーさんも、そしておにーさんも。多くの人が楽しめる、ゆるゆるコメディになっていると思います。
【感想まとめ】→複数発売される新作の中でも、こちらが一番楽しみだったのですが、その期待を裏切らない面白さでした。オススメですー。
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西炯子「うすあじ」自分が幸せになれないと決め込んでいるあなたへ:西炯子「姉の結婚」1巻オトナの情事×コドモの事情:西炯子「恋と軍艦」1巻西炯子「娚の一生」西炯子「ひらひらひゅ~ん」作品DATA■著者:西炯子
■出版社:白泉社
■レーベル:花とゆめコミックススペシャル
■掲載誌:メロディ
■全1巻
■価格:542円+税
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