
風が吹きます
吹いてしまいます
すこしさびしい気持ちで
いまは
■「加古里・スズシロ」「風の吹く吹く」「あしたの今日子」「庭へゆく」に加え、同人誌で発表された「恋する太陽系第3惑星地球存在13歳」「THE WORLD」、そして描き下ろしとなる「その後の加古里・スズシロ」を収録。紡ぎ出される人間は、こんなにも愛おしい。鮮烈なデビューを飾った著者の原点を知る一冊!
「地上はポケットの中の庭」(→レビュー)や「千年万年りんごの子」(→レビュー)を描いている田中相先生の2冊目の短編集になります。ITANの田中相先生のプッシュ具合はなかなかで、本作はITAN本誌に掲載された作品の他、同人誌で発表された作品も2編収録されています。
単行本のタイトルである「誰がそれを」は、収録されている作品の名前ではなく、田中相先生の同人サークルの名前とのこと。田中相先生の作品を読んでもらうというのと同時に、田中相という漫画家の原点を見て欲しい、という部分も多分に含まれるのでは、と帯の言葉や作品タイトルから想像してしまいます。
収録作はどれも説明が難しいというか、シチュエーションだけ言うと凡庸というか、割とどこにでもありふれているのではないかと思えるようなものが多いです。あ、でも「加古里・スズシロ」はちょっと特異か。高校時代の男の幼なじみが、10年振りに再会したらオカマになっていたというもの。ちょっとほろ苦くて、けれどもどこか温かさのある、素敵なお話です。

個人的にお気に入りだったのは、「あしたの今日子」でしょうか。物語の主人公は会社をクビになったばかりの青年。そんな彼には女子高生の彼女がいるのですが…というお話。ITANでこんな生活臭のする男が主人公というのも意外ですし、とてもとても恋愛色が強いのもまた意外だったというか。それでもって、物語は彼女である女子高生の若さや勢いの良さ、美しさみたいなものがギュッと凝縮されていて、好きだなぁ、と。
またどれも読後感の良さはあるのですが、中でも「庭へゆく」は兄妹愛・家族愛みたいなものが物語の根底にあって、読み終わったときの安心感というか、懐かしさみたいなものが他の作品に比べて強かった気がします。自分に妹がいるからなのかもしれませんが。

同人作品では「恋する太陽系第3惑星地球存在13歳」がスピード感のある展開といい、結末といい、これまでの田中相先生のイメージとは異なるお話になっていたので、とても印象に残りました。こんな引き出しも持っていらっしゃるのですね。
さて、個人的にな想いとしては、商業作品に同人誌の作品は入れて欲しくない、というのがあるのです。というのも、同人誌と商業誌はそもそもスタンスも毛色も違いすぎるし、何より読むのが難解な、わかりにくいお話があったりするからなんですが。とはいえ本作に限って言えば、多少のわかりにくさはあったものの、どれが同人誌のものかわからない程度に物語の質にバラツキがないんですよね。元々のレベルが高いのもあるのでしょうが、出版サイドもそんなに手を加えないで、素材感を生かして世に送り出しているのではないのかな、と。だからギャップが少なくて済んでいるというか。また先の「田中相の原点を知ってもらいたい」という意味でも、この短編集はアリなのかな、とも思えたのでした。実際、「こんなに引き出しあるのか」と驚かされましたし、これを原点と言うのであれば、すごいレベルのスタート地点だな、と。
発売のタイミングや、デビュー単行本の衝撃度などから考えると、こちらはあまり話題にならなそうではありますが、相も変わらず面白い作品を描かれますので、引き続き要注目ですよ!
【男性へのガイド】
→男性主人公のお話もいくつかあったりで、とっかかりやすさはあるかと思います。この機微をどこまで感じられるかだとは思うのですが、こういうの買うような男性のマンガ読みさんはあまり問題にならなそうですね。
【感想まとめ】
→同人作品収録は個人的にあれなので、オススメタグは付けていないのですが、面白かったです。まさに田中相先生という漫画家さんの原点を知ることができる一冊だと思います。
作品DATA
■著者:田中相
■出版社:講談社
■レーベル:ITAN
■掲載誌:ITAN+同人誌
■全1巻
■価格:581円+税
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