
さよならだから
優しくなるんじゃない
■「さよならが近づくと何もかも愛しく感じるわ」
亡くなった祖母はそう言っていた。だが、それは嘘だ。離れて行くと思ったら、悲しくて悔しくて嫌いになるはずだ。少女・夜子は祖母の魂を還した山響呼の少年に、その想いをぶつけるのだが…。
ITANでデビューされたカム先生の初単行本です。ITANも続々オリジナルの新人さんがデビューしていますね。田中相先生のように、話題をさらう方が、また出てくるかもしれませんね。さて、本作は、ITANで掲載された読切りと書き下ろし作品をまとめた単行本で、表題作をはじめ5編が収録されています。表題作は冒頭に書いたとおりですので、残りのお話について少しずつご紹介しましょう。
『王様と魔女』は、ITAN新人賞で優秀賞を獲った時の作品(だったと思う)。10年前、魔女によって鳥に姿を変えられてしまった王様が、退位式を迎えるにあたり人間の姿に戻して欲しいと、新しい魔女・ウィアドに依頼が届くのですが…というお話。
いつも共に過ごしていた吸血鬼の2人、アナとリズ。「不変こそ正義」と信じてきたアナでしたが、教会のハンターを伴侶に選んだことで、その誓いを自ら破ることになり、それを目の前にリズは…という『逃亡前夜』。

「いい子にしないとお化けが来るぞ…亡くなったおじいちゃんにそう言われ、以来何かに見はられているような気がする“なの”。人一倍真面目に生きようとするなのですが…という『夜のおばけ』。
最後、『夜店』は数ページのショート作品。眠れぬ男が、夜中町に出かけると、「夜屋」という店の店主に声をかけられる。そこで持ちかけられるのは、自分の夜と店主の夜を交換しないか…というもので、というお話。
表紙から特徴的で目を引くものになっていますね。月夜に鳥と人物が配されているもので、色使いは暗め。そしてその印象そのままに、内容もまた独特の雰囲気が漂う、印象的なものとなっていました。それぞれの作品に共通して先行するイメージは、「静」と「暗」。明るく爽やかなイメージはあまりなく、静かに、どこか陰のある雰囲気で物語は進んで行きます。また一方で絵柄というか、キャラの描き出しはかわいらしく、特に子供は見るだけでによによしてしまうようなかわいらしさがあります。目がが好きですかね。

この共通した暗さを生み出している源泉となっているのは、「喪失」のように思えます。どの物語にも、何かしらの「喪失」があって、キャラ達はその前で、自分なりの答えを出すために試行錯誤している。それは人の死であったり、地位であったり、友情であったりと様々。“これ”という明確な答えのあるものではないので、どこかしら哲学的な雰囲気も漂います。最初の印象としては、「なんか個々人の哲学的なエッセンスが落とし込まれていてちょっとわかりにくい物語になっているな…」なんて思ったのですが、アプローチ的には難解な哲学を、わかりやすくするために物語に落とし込んだっていう、逆の方向なのかもしれません。
個人的にお気に入りなのは、「夜のおばけ」。ファンタジックな物語が多い中、この物語は唯一現実ベースでのお話となっています。子供が亡くなったお祖父ちゃんの言った言葉を頑なに信じ、良い子でいようと心がけて日々生活するというお話なのですが、その真面目っぷりが度をすぎて、ちょっと周りと上手くいかないという。そんな子供を前に、適当な親が試行錯誤するのですが、そのやりとりに愛が感じられて非常に微笑ましいのです。子供の気持ちもわかるんですよね。亡くなったお祖父ちゃんが見ているかもしれないからちゃんとしなきゃ、って感覚未だに少しあったりしますし。
【男性へのガイド】
→ITAN作品は男女問わずいけるものが多いかと思います。本作も恋愛要素は薄めで、男女問わず抱くであろう気持ちに問いかけるものが多く、物語そのものの受け入れやすさは別として、そういった壁はないかと。
【感想まとめ】
→ちょいとクセがあるので、好き嫌いはわかれるかもしれません。私も好きなお話とそうでない作品の振れ幅が大きかったというのが、正直なところ。連載で大きな物語を描くことになったとき、どんなお話を生み出すのか楽しみです。
作品DATA
■著者:ITAN
■出版社:講談社
■レーベル:KC ITAN
■掲載誌:ITAN
■全1巻
■価格:581円+税
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