
水槽の外は生きづらい
でも
■「私はもういいんだ」
自然消滅を願い、人に会うのも、働くのも拒否してきた草間さん。
「ちゃんと社会と関わって生きていかないと」
失業青年・宇奈月くんは、ハロワ通いの合間に草間さんちを訪れるが…!?
草間さんの所持金が0円になったとき、奇跡が起こり、くじで2千万円が大当たり!!
「とりあえず2千万円なくなるまで生きていようかなって」
ゆるやかに消滅に向かう暮らしがスタート!!
ITANの新人さん・草野佑先生のデビュー単行本「余命¥20,000,000-」です。読み方は“よめい ニセンマンエン”。タイトルを聞くと、世にも奇妙な物語的なファンタジックなテイストを含んだ作品を想像したりするかもしれません(というか私がそうだった)が、実際は現実ベースの、しかも意外にもかなり生活臭のするお話となっています。
主人公は会社を2年で辞め、絶賛求職中の青年・宇奈月くん。そこそこ良い企業で働いていたのですが、上司との折り合いが悪く我慢できずに退職。ハロワ通いをするも、なかなか再就職先が決まらない、苦しい日々を送っています。そんなある日、叔母からの要請で、貸しているという一軒家の様子を見に行くことに。そこにいたのは、毛玉のような風体で「自然消滅」を所望する変人・草間さん。職にも就かず、人に会うのも拒否してきて、今や所持金も底を尽き、あとは消え行くだけ…。そんな中、草間さんに一発逆転の奇跡が起こります。くじで2000万円が当選。草間さんは生き方をそう変えることもなく、2000万円が尽きるまでの余命を、再び生き始めます。そんな草間さんのもとに、宇奈月くんはちょくちょく顔を出すようになるのですが…というお話。

不思議な生物、草間さん。年齢不詳。無職。表紙でこそ顔を見せていますが、作中ではほぼ毛玉です。髪の毛が顔を覆っているので、その顔を見ることはできません。その生き方は、慎ましくも自由。自活とでも言いますか。
主人公は宇奈月くんですが、物語の軸となるのは草間さん。働きもせず引きこもりながら日々を自由に緩やかに生きる草間さんの生き方を目の当たりにして、真面目に社会とつながりを持って生きる宇奈月くんは苦悩するというのがパターン。「余命〜」なんていうタイトルが付くと、「生き残りを懸けた、切羽詰まった白熱の物語が…!」なんて想像してしまいますが、草間さんの生活を見るにそんな感じは一切見受けられません。元々収入が殆どない中で生きていたので、支出も最低限。家賃もかかっておらず、野菜を作ったり、時折内職なんかもするので、突き当たりの差し引きは2万円程度。このペースで行けば、非常に充実した人生を全うできそうな感すらあります。
そういう姿を見ると、必死に職を探して、なんとか就職先を見つけても、そこでまた辛い思いをしている自分が馬鹿らしくなってくるわけで。「草間さんみたいな生き方の方がいいんじゃないか…」という考えに、宇奈月くんは苛まれるように。これを作中では「草間さんに取り憑かれる」と表現しているわけですが、私もそういう自由人・自然人を見るととういう想いになるので、すごくわかると言いますか。本作は、“今日をどう生きるか”なんていうミクロな視点ではなくて、もっと大きな枠で、人生とか生き方を考えるような作品なんだと思います。

宇奈月くんは生真面目な性格で、割を食いやすい。一番職場でストレス溜めがちなタイプだと思います。草間さんとは正反対な生き方ながら、意外と息が合っているんですよね。良いコンビです。
どちらの生き方も一長一短で、向き不向きもあります。本作だけで言えば圧倒的に草間さんの生き方が羨ましく映るわけですが、それは自分自身が宇奈月くんよりの人間だからなのだと思います。隣の芝が青く見えるじゃないですけれど。でも実際に草間さんの立場になったら、刹那的すぎる生活に、先が見えず不安で潰れてしまうことでしょう。浮世離れしすぎず、自由に生きたいものですが、なかなか…。
そういえば職場の同僚の先輩が先日、激務過ぎた結果「なんか事故とか怪我で入院したいよねー。入院すれば会社休む言い訳になるしさ、ちゃんと直るしさぁ。入院できねぇかな。」とか真顔で言っていたので、ちょっとこういう生き方も提案してみたいものですね(重い)。
【男性へのガイド】
→主人公は男の人ですし、働く方はどこかしら共感する部分もあるのでは。物語自体も男性女性を選ぶようなものではなく、広く楽しめると思います。
【感想まとめ】
→コメディタッチですが、落し込まれているエッセンスは深い…と思います。1巻時点でものすごく所持金残ってるんですけど、2巻とかどうなるんでしょうか。タイトルと相反して、日常系のような雰囲気すら漂わせています。面白い。
作品DATA
■著者:草野佑
■出版社:講談社
■レーベル:KC ITAN
■掲載誌:ITAN
■既刊1巻
■価格:518円+税
■試し読み:第1話