
いちど本当にスキになったものを
キライになってしまったら
もう二度と戻れない
■28歳の貴和子は、ある日、ベランダで煙草を吸う男に出会った。彼の名前は縫原。隣室に住む、52歳の気怠げな大学教授。25年間続けたものの芽が出ずに、バレエダンサーになるのを断念しつつあった貴和子に、彼は誠実な言葉で語りかけてきた。今までバレエばかりで、まともな恋愛をしてこなかった貴和子の心に、彼の言葉が優しく深く響き、風が吹いた
ヤマシタトモコ先生といえば、主にBLで活躍されている気鋭の作家さんなのですが(「くいもの処明楽」とか聞いたことないですかね?)、フィールにて一般向けの作品を連載し、この度単行本が発売されました。このことはコミックナタリーでニュースとして取りあげられるなど、話題になっているみたいですね。さて、お話は、あらまし紹介からもわかるように、28歳処女と52歳大学教授の恋を描いたもの。ヒロインは、この歳までただひたすらにバレエに打ち込んできた貴和子。自分自身に限界を見た彼女は、バレエダンサーとしての道を諦め、指導する側として生きていくことを決めます。しかし決めたからといって、早々に気持ちの切り替えが出来るわけではありません。髪を切り、今まで手を出さなかった煙草にも手を出してみます。そんな時に出会うのが、隣室に住む二回りも歳上の男・縫原。どこか気怠げな佇まいから放たれる、誠実な言葉たち。そんな縫原の言葉は、弱り切っていた貴和子の心に深く響き、やがてその振動は恋心へと変わっていきます。しかし28歳にして、恋愛経験はほぼゼロ、ましてやこの歳の差。加速し続ける気持ちとは裏腹に、貴和子は思い悩みます。そして縫原のほうも…

年齢の割にお互いぎこちない。それがなんとも言えない、イイ雰囲気を醸し出す。
歳の差で大学教授というと、上半期新作プッシュリストで2位に推した、西炯子の「娚の一生」(→レビュー)を思い出します。あちらも非常に面白い作品だったのですが、こちらもまた、非常に面白い。これは大学教授ブーム、枯れセンブーム来るか!?どちらもメガネで痩せ形、文系と、共通点は多いのですが、恋愛に見る態度は正反対。「娚の一生」の海江田が、ヒロインであるつぐみに「ぼく相手に恋愛してみなさい」と言うのに対し、縫原は、二回りも年下の処女相手に、真っ正面から「あなたを好きだ」と言う。この目線の違い。「何でも上から目線で決めつける男が嫌い」という貴和子にとって、誠実で同じ高さの目線から伝えられる歳上の男性の言葉は、かつてないほどに心に響いたはずです。turn.3にて、縫原が貴和子を優しく抱きとめ言った言葉には、思わず撃沈。
…まぁ 人生のいちばん美しい時期を
ぼくのような者に使わせてどうかって言ったら正しくないんでしょうね
決めるのはあなただ
もっと大切なものを選択すべきかもしれない
……でも
…少なくとも
ぼくがあなたを好きだ
気持ちは通じているものの、さまざまなしがらみが、二人を、前に進むのをためらわせます。Love,Hate,Loveというタイトルにあるように、スキになり、キライになり、またスキになる。貴和子の「いちど本当にスキになったものを、キライになってしまったら、もう二度と戻れない」という考えとは正反対のタイトル。ま、それが恋ってものなのかもしれませんが、このタイトルは、何も恋だけにかかっているわけではなく、貴和子のいわばアイデンティティでもある、バレエに対してもかかってきています。3歳の頃からずっと続けてきたバレエに、結局好かれることはなく、うちひしがれます。そんなバレエを嫌い、そしてバレエに縛り付けようとする周囲の人たちを嫌う。貴和子が「決めつけで上から目線で話す男が嫌い」というのには、物心つく前からバレエに打ち込み、いわば決めつけられたままに人生を歩んできた自分という存在が、強く影響を与えているのではないのかなぁ、という気も。とにもかくにも、恋に、バレエに、そして自分と向き合う貴和子の感情の機微を、目一杯感じられる内容になっています。面白いし、素敵。オススメです。
【男性へのガイド】
→こういう空気感の作品が好きな男性って、確実にいるよね。気に入るかは別として、嫌う人はほとんどいない気がします。
【私的お薦め度:☆☆☆☆☆】
→同系統の「娚の一生」が続き物であるのに対し、こちらは一巻完結ということで、多少の割引感はあるものの、それでも強くお薦めしたい水準。設定の割に、なんてことない恋物語が展開されているのですが、感情の描き出しが秀逸で、とても味わい深い作品となっています。
作品DATA
■著者:ヤマシタトモコ
■出版社:祥伝社
■レーベル:フィールコミックス
■掲載誌:フィール・ヤング(2009年3月号~7月号)
■全1巻
■価格:648円+税
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