
街の音は遠く 潮騒に似て
私たちを眠らせ
そうして 夢の中で私は
小さなみちるに呪文を唱えた
■翻訳家の麻耶の同居人は、シングルマザーのみちると、その息子のゆうた。5年前、麻耶と同棲していた部屋から失踪したみちるは、再び麻耶の前に姿を現したとき、小さな男の子の母となっていた。“今度の部屋では、同棲ではなく同居”。不器用で寂しがりやな女ふたりは小さな男の子を連れ、眺めの良い6階の部屋で、奇妙な3人暮らしを始める。そこに加え、下の階の知り合い・ニコもしばしば訪れるように。切なく愛おしい想いが溢れる、同居生活グラフィティ。
作者の鳥野しの先生は、長らく「ハチミツとクローバー」などで有名な羽海野チカ先生のアシスタントをしており、この「オハナホロホロ」の帯にも大きく”羽海野チカ推薦!“の文字が。おそらく羽海野先生ファンならば、見覚えがあるのではないでしょうか。この方です…

作品は、同性愛も絡んだ男女3人子供1人の同居物語(共同生活って言ったほうがしっくりくるかもしれません)なのですが、なるほど、これは羽海野先生の影を感じざるを得ない。事前情報なしだとしても、たぶん作画であるとかコマ割り、モノローグの挿しこみ方などから、羽海野先生に似ているという印象は受けるだろうなぁ。それをどう捉えるかは読んだ人次第だと思いますが、内容に関してはやっぱり完全な別物だろうというのが、個人的な感想。
さて、肝心の内容について全く触れていないので、ご紹介を。ヒロインは翻訳家で独身の麻耶。この春から、眺めの良いマンションの一室に引っ越したのですが、一人ではなく、5年前まで“同棲”をしていた女・みちると、その息子・ゆうたと一緒。“同棲”というのは、そのまんまの意味。ところがある日突然みちるが姿を消し、5年後に再会した時には、子供がいたという。そんなワケありな二人+一人が、ひょんなことから今度は“同居”を始めるわけですが…という流れ。そこにみちると過去に何かあったらしい青年・ニコを交え、過去と現在、それぞれの中にある切なく愛おしい想いの絡まりあいを、ヒロイン・麻耶の視点を中心に描いていきます。

一歩引いたような、落ち着いたヒロインの視点から展開される。優しさや温かさを含みつつも、それだけではないところがミソ。
同性愛の要素が…とあるように、メインで登場するキャラクターたちは、みなバイセクシャル。これがひとつこのお話での重要な要素となるわけですが、「性がどうのこうの…」なんて不毛なテーマに向かうことはなく、あくまで物語を構成する一要素として留まります。最初この物語の背景を説明するのが、とても難しく感じられたのですが、その要因は明らかで、彼らの関係性が単純な言葉一言で言い表せるようなものではないから。例えばヒロインとその相手・みちるは、かつて同棲関係にあったものの、それは恋愛関係というよりは、依存関係と言い表したほうがしっくり来そうな印象を受けました。また物語の進行と共に明らかになる、みちるとニコとの関係もまた、一言では言い表しにくい特殊な関係です。当初は依存関係の解消を図っているのかな、と思ったのですが、恐らく求めているのは、関係性の変化。その中で、序盤重要な役割を子供のゆうたが担うのですが、後半に行くにつれよくわからない存在に。色々不思議な存在ですね、インパクト抜群。
自分の想いを圧し殺しつつ、あるべき場所を模索するヒロイン。人見知りな子供と、それを育てる、大人になりきれずまだまだ寂しがりやの子供な親。そしてそれを見守る、過去に苦しむ青年・ニコ。背景は様々であれ、皆寄り添わずにはいられない、けれども不器用だから、一筋縄ではいかない。子供も登場する同居もので、一見優しさに溢れた温かい物語のように見えるものの、描かれているのはむしろ暗く苦しいもののように映りました。家族性を描くものとしては、羽海野先生の「三月のライオン」にも出てきますが、あちらはむしろ背景が優しい感じがして、やはり明確な違いがあるのだな、と実感したのでした。最後はしっかりとまとめ、読後感も非常に良かったです。
【男性へのガイド】
→日常系…になるのかな。じんわり効くお話という感じで、漫画読みの人こそ好みそうな印象。女性のほうが共感はするのでしょうが、性別はそんなに関係ないのではないでしょうかね。
【私的お薦め度:☆☆☆☆ 】
→万人共通で「面白い!」とはならないかもしれませんが、一定数の人は確実に「良い!」と言ってくれそう。なんだかんだで最後、温まってしまったので。
作品DATA
■著者:鳥野しの
■出版社:祥伝社
■レーベル:フィールコミックス
■掲載誌:フィールヤング(2008年10月号~2009年10月号)
■全1巻
■価格:933円+税
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