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Tag [名作ライブラリ] 2010.03.10
32119910.jpg雨隠ギド「ファンタズム」


大事なものを一つ選んだんだ
それについてくる幸せも不幸せも
受けとめる覚悟があったから……



■人の“悪意”が、化け物のように映る目を持つ、ちょっと難しい女の子・あかり。誰にも自分のことなんて分からない。そうやって気持ちに壁を作っていたけれど、育ての祖父が亡くなり、兄と暮らすことになって、少しずつ変化が訪れた。超天然の兄の優しさ、新しい友達たちとの出会い、そして悪意を食べる化け物・からすとの遭遇…あかりの目には、今まで映ることのなかった新たな色に包まれて…!?

 「まぼろしにふれてよ」(→レビュー)の雨隠ギド先生の初連載作品でございます。こちらもファンタジー作品。ヒロインは、人の“悪意”が化け物の姿に見えてしまう眼の持つ女の子、あかり。そのため人の多い場所にいるのが苦手な彼女は、親元を離れ人の少ない田舎で、祖父と一緒に暮らしていました。しかしその祖父が他界。比較的都会に暮らす兄の元に引き取られることになります。新しい暮らしに不安を覚えるあかりでしたが、超天然であかりを溺愛する兄をはじめ、クラスメイトも積極的に仲良くしてきてくれたため、その不安もいつしか小さくなっていきます。そんな中あかりは街で、とんでもない「悪意の固まり」のような存在に出会います。それが、黒服を纏った“からす”という青年。人間のような姿をしているものの、その存在感は人間とは程遠く、曰く「悪意を食べて生きている」らしい。悪意を食べられた人間は、悪意の度合いによっては意識を失い、果ては死に絶えます。そのことを知ったあかりは、悪意と向き合う同じ存在として、からすに対し、そして自分の能力と、自分の中に眠る悪意に対し、恐怖と不安を覚えるようになっていきます。


ファンタズム1
悪意の見え方は「ホムンクルス」っぽいイメージ。これはどちらかというとライトな方。

 
 記事タイトルが男性を煽るようなものになってるんですが、なんとなく女性客の方が多いと思われるウチでこんなタイトルにする意味ってあるのかなっていう。けどこの作品の魅力を考えた時に、やっぱりあかりしかないわけですよ。そしてその長い黒髪が素敵なんです。私は別に黒髪ロングとか基本どうでもいい人なんですが(水星さんに怒られそう…)、あかりは別。彼女のこの長い髪には、意味があるのです。
 あかりには人の悪意が見える、しかも化け物のような形で映るのですが、その対象は他人だけでなく、自分も含まれます。頑に悪意を見ることを拒んできたあかりにとって、自分の悪意が見えるなんてのは、それこそ他人の悪意を見る以上に恐ろしいことなわけですよ。結果、少しでも自分の姿を見たくない=鏡を見ないという行動を取るようになります。洗顔や身だしなみを整える時などは鏡を見ますが、短時間でも非常に大きなストレスがかかっている状態。したがって、長時間鏡の前にいなくてはならない美容院などは、到底通うなどできないのでした。そのために、なるべく切らない方向=黒髪のロングという結果に。あかりのその髪は、言ってみれば彼女の不安や恐怖の象徴とも言えるんですよね。そして同時に、悪意に必死に抗う姿の象徴でもあるわけで、なんとも美しく映るのですよ。

 ちなみに彼女、「けいおん!」の平沢唯と同じく、黒ストッキングを履いているのですが、とにかく黒で固めるその気質が好き。名前の「あかり」とは正反対の方向に進んでいます。表紙をはじめ、意識的に黒多くなるようにしてますよね。“からす”も真っ黒だし。二人が進んだ行く末の違いは、すでに名前に表れていたのかも。


ファンタズム3
「まぼろしにふれてよ」に通じる優しさや絆みたいなものは、この作品からも強く感じられます。このお兄ちゃんがいたからこそ、あかりは前を向こうとしていけたわけで、ほんとお兄ちゃん様々でございます。


  ストーリーは、彼女の悪意に対する向き合い方の変化を描こうとするもの。今まで正面から向き合わず逃げてばかりいたあかりは、同じ能力の持ち主である“からす”との出会いによって、己の力と悪意としっかり向き合って行こうとします。周囲の人間との関係と、自分の悪意への恐怖から生み出されるのその変化は、とにかく純粋で必死で、中学生という年齢設定がびしっとハマります。小さな容量のなかで必死に考え解決しようとし、ときにキャパオーバーして泣き出してしまうその様子もまたかわいらしい。普段はとっても無邪気ですし、特別な力は持っていながらも、やっぱり中学生なんですよね。
 また単純な正義感や倫理観よりも、己の悪意への恐怖という感情が、結果として向き合う方向へ持っていかせているのも、個人的には好きですね。押し付けがましくないといか、あくまで小さな世界で回そうという姿勢が、世界観を壊すことなく物語を成立させています。

 「まぼろしにふれてよ」が非常に分かりやすい、明快なファンタジーになっているのに対し、こちらはレーベルのデビュー作にありがちな、ややわかりにくいファンタジー作品となっています。説明不足というかやや自己完結の匂いが強い、そういう作品、結構ありません?説明を省くと、それだけ己の表現したいことを描きやすくなるのですが、同時に入り口は狭くなってしまいます。「ファンタズム」から「まぼろしにふれてよ」でここまでシフトチェンジできるってのは、なかなかすごいことのようにも思えるのですが。無論わかりにくいってだけで、この作品が面白くないってわけではないです。好きな人は好きでしょうし、なによりあかりが可愛いので、わからなくともすべてチャラになる勢い。ただちょっとお薦めしにくいってだけで。
 

【男性へのガイド】
→女性向けレーベルですが、男女関係なく読みやすいと思いますよ。
【私的お薦め度:☆☆☆  】
→あかりかわいいよあかり。オススメはちょっとしにくいかも。説明があまりされないのでわかりにくいんですよね。ともあれ表紙にピンと来たなら、買って損はなしだと思います。


作品DATA
■著者:雨隠ギド
■出版社:新書館
■レーベル:ウィングスコミックス
■掲載誌:Wings('07年8月号~'08年7月号)
■全1巻
■価格:530円+税

■購入する→Amazonbk1

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