作品紹介はこちら→末次由紀「ちはやふる」
5巻レビュー→《気まぐれ続刊レビュー》末次由紀「ちはやふる」5巻
6巻レビュー→肉まんくんこと西田くんとは何なのか…《続刊レビュー》「ちはやふる」6巻
7巻レビュー→最後の壁は誰になるのか、というお話《続刊レビュー》「ちはやふる」7巻
関連作品レビュー→「ハルコイ」/「クーベルチュール」
末次由紀「ちはやふる」(8)
あの日悔しくて良かったって
いつか笑って言いたい
■8巻発売です。
熱気高まる名人位・クイーン位挑戦者決定戦・東日本予選。初戦で小6のスピードスターを下し、勢いづく千早は、続く2回戦でも前クイーンを相手に優位に試合を進める。このまま勢いに乗って下してしまうかというところで、前クイーンがその実力を発揮し始める。精鋭たちが繰り広げる、熱い熱い戦い。選ばれた者だけが立つことを許される、夢の舞台。果たして、勝ち上がるのは…!?
~我らが詩暢さまが…~
8巻、役者が揃い、戦いも白熱していく中、とんでもないことが起こりました。我らが、我らが詩暢さまが…
え?誰?
クイーン・若宮詩暢といえば、見ためは普通以上なのに、その圧倒的な服のダサさと取っつきにくい性格から、どちらかというと色モノキャラとしてそのポジションを獲得していたキャラですが、着物着用で服のダサさが改善されたと思ったらこれですよ。常に笑いを求めるこの姿勢、お笑い芸人にも似たプロ魂を感じます。いや、アスリート的に見れば、プロ魂のかけらもないわけですけど(笑)
~詩暢の戦い方・強さについて~
今回も肉の着物に苦戦はしたものの、終わってみれば完勝だったクイーン。今回はその戦い方が非常に印象的でした。
試合が終わってインタビューを受けた詩暢さまですが、相手のことなんか全く覚えていません。それもそのはず。試合中、彼女は一度たりとも相手のことを意識していませんでした(意識的に言えば、むしろ名人に気が行っている感じ)。意識の中にあるのは、目の前に並べられたかるたと、自分のみ。そうして次々と札を取っていく詩暢の姿を、千早は「糸を繫いでいる」と表現しています。8巻では彼女のかるたをはじめるきっかけが描かれましたが、そこから浮かび上がってくるのは、彼女にとってかるたは友達だということ。友達と遊んでいるだけで終わってしまった今回のクイーン戦は、所詮「遊戯」の枠を出ず、「競技」としてのかるたとしては、どうしてももの足りないものであったように思います。千早を挫折させるも、詩暢には軽く潰される前クイーンのかませ犬っぷりが、なんとも切ないと言いますか…。
さて、そんな前クイーンに対して、千早は対戦時その存在を強烈に意識させていました。もうホントにライバル心ムンムンというか。ここで気になるのが、詩暢がどういう心持ちで相手に向き合ってたかということ。「私とかるたの仲を邪魔しないでよ!」という、排他的な意識から発生しているものなのか、「私の方がかるたと仲が良いのよ」という、競争意識から発生しているものなのか。どちらも導かれる結果は同じですが、対戦相手との向き合い方は少々異なり、受ける印象も異なったものになります。

どういった思いを持って、千早を見つめていたのだろう。
~太一の恋愛独り相撲~
恋愛模様もにわかに動き出したように見えましたが、それは太一に限ったもの。千早は恋愛に意識は全く向いておらず、また新の気持ちも全く見えないという状況で、形としては三角関係になっているものの、心情的に見るとまだまだ。太一が一番まともというか、ずれていないんですが、他の二人が二人だけに、どうしても独り相撲に見えてしまうのが悲しいところですね。適度に恋愛に走り出してもいい頃だとは思いますが、あくまでオマケって感じで一つ。
~文化面から、もう一つの立ち位置を示すかなちゃんの尊さ~
相変わらずかなちゃんがいい味出しています。新と先輩、千早と前クイーンそして詩暢などの関係から見えてくる、本気で競技として向き合う、いわば「舞台」に登っている人たちのぶつかり合い、そしてその「舞台」から降りた人の対比。こういった作品は、自ずと競技性を全面に押し出した内容になってくるのですが、そうした中で、芸術・文化面からのアプローチを見せつけてくれるかなちゃんの存在は、かるたを描く上で不可欠な存在であると見るたびに思います。新と先輩のような、戦い続ける者、降りる者・昇れない者という二つだけでなく、それとは違った立ち位置というものがあるんだよ、という。もっと評価されるべき存在だと思います。いや、「これは『かるた漫画』ではなく、『競技かるた漫画』なんだよ!」といわれたら元も子もないんですけどね。
■購入する→Amazon
/
5巻レビュー→《気まぐれ続刊レビュー》末次由紀「ちはやふる」5巻
6巻レビュー→肉まんくんこと西田くんとは何なのか…《続刊レビュー》「ちはやふる」6巻
7巻レビュー→最後の壁は誰になるのか、というお話《続刊レビュー》「ちはやふる」7巻
関連作品レビュー→「ハルコイ」/「クーベルチュール」

あの日悔しくて良かったって
いつか笑って言いたい
■8巻発売です。
熱気高まる名人位・クイーン位挑戦者決定戦・東日本予選。初戦で小6のスピードスターを下し、勢いづく千早は、続く2回戦でも前クイーンを相手に優位に試合を進める。このまま勢いに乗って下してしまうかというところで、前クイーンがその実力を発揮し始める。精鋭たちが繰り広げる、熱い熱い戦い。選ばれた者だけが立つことを許される、夢の舞台。果たして、勝ち上がるのは…!?
~我らが詩暢さまが…~
8巻、役者が揃い、戦いも白熱していく中、とんでもないことが起こりました。我らが、我らが詩暢さまが…

クイーン・若宮詩暢といえば、見ためは普通以上なのに、その圧倒的な服のダサさと取っつきにくい性格から、どちらかというと色モノキャラとしてそのポジションを獲得していたキャラですが、着物着用で服のダサさが改善されたと思ったらこれですよ。常に笑いを求めるこの姿勢、お笑い芸人にも似たプロ魂を感じます。いや、アスリート的に見れば、プロ魂のかけらもないわけですけど(笑)
~詩暢の戦い方・強さについて~
今回も肉の着物に苦戦はしたものの、終わってみれば完勝だったクイーン。今回はその戦い方が非常に印象的でした。
試合が終わってインタビューを受けた詩暢さまですが、相手のことなんか全く覚えていません。それもそのはず。試合中、彼女は一度たりとも相手のことを意識していませんでした(意識的に言えば、むしろ名人に気が行っている感じ)。意識の中にあるのは、目の前に並べられたかるたと、自分のみ。そうして次々と札を取っていく詩暢の姿を、千早は「糸を繫いでいる」と表現しています。8巻では彼女のかるたをはじめるきっかけが描かれましたが、そこから浮かび上がってくるのは、彼女にとってかるたは友達だということ。友達と遊んでいるだけで終わってしまった今回のクイーン戦は、所詮「遊戯」の枠を出ず、「競技」としてのかるたとしては、どうしてももの足りないものであったように思います。千早を挫折させるも、詩暢には軽く潰される前クイーンのかませ犬っぷりが、なんとも切ないと言いますか…。
さて、そんな前クイーンに対して、千早は対戦時その存在を強烈に意識させていました。もうホントにライバル心ムンムンというか。ここで気になるのが、詩暢がどういう心持ちで相手に向き合ってたかということ。「私とかるたの仲を邪魔しないでよ!」という、排他的な意識から発生しているものなのか、「私の方がかるたと仲が良いのよ」という、競争意識から発生しているものなのか。どちらも導かれる結果は同じですが、対戦相手との向き合い方は少々異なり、受ける印象も異なったものになります。

どういった思いを持って、千早を見つめていたのだろう。
~太一の恋愛独り相撲~
恋愛模様もにわかに動き出したように見えましたが、それは太一に限ったもの。千早は恋愛に意識は全く向いておらず、また新の気持ちも全く見えないという状況で、形としては三角関係になっているものの、心情的に見るとまだまだ。太一が一番まともというか、ずれていないんですが、他の二人が二人だけに、どうしても独り相撲に見えてしまうのが悲しいところですね。適度に恋愛に走り出してもいい頃だとは思いますが、あくまでオマケって感じで一つ。
~文化面から、もう一つの立ち位置を示すかなちゃんの尊さ~
相変わらずかなちゃんがいい味出しています。新と先輩、千早と前クイーンそして詩暢などの関係から見えてくる、本気で競技として向き合う、いわば「舞台」に登っている人たちのぶつかり合い、そしてその「舞台」から降りた人の対比。こういった作品は、自ずと競技性を全面に押し出した内容になってくるのですが、そうした中で、芸術・文化面からのアプローチを見せつけてくれるかなちゃんの存在は、かるたを描く上で不可欠な存在であると見るたびに思います。新と先輩のような、戦い続ける者、降りる者・昇れない者という二つだけでなく、それとは違った立ち位置というものがあるんだよ、という。もっと評価されるべき存在だと思います。いや、「これは『かるた漫画』ではなく、『競技かるた漫画』なんだよ!」といわれたら元も子もないんですけどね。
■購入する→Amazon