
上手に嘘をつくから
この小説は
ギリギリ
美しいの
■長編読切り2編を収録。それでは表題作をご紹介。
作家だった祖父の死後、遺品の中から見つかった未発表の私小説。そこには、愛妻家だったはずの祖父の愛人に寄せる想いが綴られていた。大学生になった恋人との関係から、ひとの心のうつろいに戸惑う、高校生の一菜は、ある日祖母に頼まれ、その愛人のもとを訪ねる事になる。作品が発表されて、悲しみ泣き崩れた祖母の姿を覚えている一菜は、敵意をむき出しにしたままに、その愛人と対面するが、そこにいたのはイメージとは全く違う、ごくごく普通のおばあちゃんで…!?
芦原妃名子先生の、長編恋物語集。恋物語集といっても、長編が2話収録されているのみ。表題作の「月と湖」と、「12月のノラ」という作品です。表題作は、小説家であった祖父の遺作に綴ってあった、愛人のもとを恋に悩む女子高生のヒロインが訪れるというもの。愛妻家として有名だった祖父の遺品から見つかった、愛人への想いを語った私小説。それが発見されたとき、ヒロインの祖母は泣き崩れ悲嘆にくれました。それから数年、高校生になったヒロインは、その祖母から突然、体調が思わしくないらしいというその愛人のもとを訪れるように頼まれます。今の自分の状況と、祖母の悲しむ姿を知るヒロインは、敵意を露にしながらその愛人のもとを訪問。しかしそこには、聞いた話とは真逆の、元気に畑仕事に勤しむおばあちゃんの姿がありました。そこでの十日間、一菜は今まで知ることのなかった愛人側の心情、そして生前の祖父との関係を知り、少しずつ自分の考えを変えていく事になります。

敵意は向けるが、頭ごなしに拒絶するわけではない。対話を通して、物語は展開。回想メインで、明日を向く。
「砂時計」後に発表された作品でございます。一応恋物語となっていますが、男性との直接的な絡みはなし。ヒロインと、件の愛人とのやりとりから、お互いの回想が中心となって話は進んでいきます。ひとつ上の先輩と付き合うも、彼が大学に入ってからは少しずつ距離が遠く、ジレンマを抱えるヒロイン。そんな中出会った愛人とのやりとりから、それぞれが抱えるジレンマを知り、一つの決心をするというストーリーになります。トキメキも、明るさもない、ある意味中高生向けの少女漫画らしくない作品ではあるのですが、持ち前の高い構成力でそれをカバー。それぞれが抱えるジレンマや想いを、ひとつ一つ丁寧に説明するのではなく、「手に入れたいけれど届かないもの」として「月」というモチーフを用意し、全てをそれに重ねるように展開。決して単純ではない背景を、しっかりと折りたたみ、限られたページ数の中に収めてしまっています。
描かれているのは全て女性の心情。そこには男性の心情は一切描かれません。けれどもそこから伝わってくる、祖父の男として、小説家としての想いというのが、静かに伝わりやけに身に沁みるのです。情けない、けれども素敵。これもまたロマン。説明なしにそこまで感じさせてしまうのは、単に私が感受性豊かだとか、アンテナと合致したからというわけではなく、作りがしっかりしているからこそなのかな、と。地味だけど読ませるのは、それだけ深さと味わいが感じられるから。
同時収録されている「12月のノラ」は、表題作とは逆の少しぶっ飛んだお話。簡単に説明できないので、ここでは省きますが、「ちょっとこれはどうなの?」という内容ながら、それなりに読める作品になっているのでびっくりです。でも個人的にはこういうのではなく、普通のほうが好きかなぁ、という感じです。こちらは芦原先生の作品にしては見ためは華やかではありますが、背景はやや暗め。家庭の事情から…というのは、後に発表される「Piece」(→レビュー)にも繋がってくるものがあるのかもしれません。
【男性へのガイド】
→心情描写は女性オンリー。男性については遠巻きに語られる感じで、直接的な感動は、ヒロインなどに想いを重ねるでもしないと難しいのかな、とは思います。ただやはり上手いので、その感情移入は容易だったりはするのですが。
【私的お薦め度:☆☆☆☆ 】
→表題作は素晴らしかったと思います。同時収録作はあまり好みではなかったのですが、トータルで見たとき、やっぱり買って良かったな、と思ったので。ちょっと地味ですけど。
■作者他作品レビュー
芦原妃名子「蝶々雲」
芦原妃名子「ユビキリ」
作品DATA
■著者:芦原妃名子
■出版社:小学館
■レーベル:ベツコミフラワーコミックス
■掲載誌:ベツコミ
■全1巻
■価格:390円+税
■購入する→芦原妃名子「月と湖」