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Tag [新作レビュー] [オススメ] [読み切り/短編] 2010.07.11
1102940574.jpgヤマシタトモコ「HER」


20歳のときは焦っていた
25歳のとくはさみしかった
31歳になった
   ただ怖い



■女たらしの男性客に、不穏な妄想を抱く美容師。白髪のお隣さんが、女同士でキスをしている所を目撃してしまう、女子高生処女。母の秘密を心に秘めて、“一夜限り”を繰り返す地味女…年齢、職業、立場は違えど、その奥に隠しもつ本音は、みな可憐で獰猛だ。オンナたちの本音を描く、全六編の連作オムニバス。女は皆、可愛げな獣。

 ヤマシタトモコ先生の新作でございます。同社から昨年刊行された「Love,Hate,Love.」(→レビュー)が結構な話題を呼んだのに、この新刊があまりプッシュされていないような。本屋さんでは当然平積みだと思っていたのに、並んでいたのは背表紙で2冊だけと、少し寂しいものがありました。いや、たぶん私の行った本屋だけがそうだったんだ、きっと。
 
 というわけで、今度のヤマシタ先生の新作は、女の本音を綴る全六篇の連作オムニバス。アパレル会社で働く25歳の女性を皮切りに、その近くにいる人たち一人一人にスポットを当てる形で、物語は進んでいきます。「本音」を描くということで、どのお話もキレイな部分だけを描くなんてことはせず、むしろ弱い部分であるとか攻撃的な部分、悩みなどがありのままに吐露されていく形に。どこかしらに寂しさと不安を抱えたヒロインたちの日常風景は、決して色鮮やかには映りませんが、その暗さ・ドライさが、逆に読み手の心にザクザクと刺さってくるような感じを受けます。


HER1.jpg
序盤は大抵冷静。しかしちょっとしたことが降り積もり、爆発することも。その発露の仕方も人それぞれで、興味深いところ。


 帯では、「君に届け」(→レビュー)の椎名軽穂先生が推薦文を書いており、その締めくくりとして「女の子って本当に可愛い!」との言葉が。しかしながら、この作品を読んでこういった感想を持つのは、大多数が女性なのではないかな、と思ったりしました。ここで描かれる女性たちは、どこか怖い。それはその攻撃的な意思が見え隠れするところであったり、「嫌い」という感情が表に出ているからであったり、焦りや不安・絶望が真っ正面から描かれているからなのかもしれませんが、それ以上に、もっとあからさまな部分で「怖い」と感じる要素が。それが、ヒロインたちの笑顔の少なさ。基本無表情多めで、どこかドライな感じを受けるのです。男というのは作中でも語られているように、バカで子供で短絡的な生き物ですから、表面的でわかりやすい事物にその想いを左右されることが実に多いです。笑顔もそのひとつで、わかりやすい感情表現ということで、見れば安心・喜びがち。女性からすれば、「もっと内面をわかってよ!共感してよ!」となるのかもしれませんが、それこそ作中で語られているように、「男は愚か」であるわけですから、難しいものがあるのですよ。いや、いるのかもしれませんが、私にはそういった部分を見てなお受けとめるだけの度量の大きさがないのかも。
 
 どのヒロインも、抱える悩みは異なるけれども、その根底にあるものは同じもののように感じます。それは、誰もが「愛されたい」と思っていること。ただその相手となるのが、そのヒロインによって異なるだけで。そしてその感情の発露の仕方が、ヒロインによって異なるだけで。そしてそんな彼女たちの様子を見て、女性たちは椎名先生のように、「女の子って本当に可愛い!」と感じる。祥伝社のサイトにヤマシタ先生のインタビューが載っていましたが、やはり先生の願いは、「「女の子っていとしいなあ」と思ってもらいたい」とのこと。それを聞いて、改めて納得。HERというタイトルは、決して作中に描かれた女性のみを指しているのではなく、女性読者さんすらも包括しているのかもしれません。


HER2.jpg
結局行きつく先はこの言葉。「だって女だもんねー」。「女は醜い」としながらも、物語自体は、女性を全肯定している。素敵じゃないですか。そりゃ愛さずにはいられない。


 個人的にお気に入りなのは、処女の女子高生が、ある日お隣に住む白髪の女性が、女同士でキスをしているところを目撃するところから始まるCase3。そしてラスト、男性視点で語られるCase6。前者は、白髪の女性が、世の中の理(というか女の理)を全て知っているかのような語りをするのですが、その内容が本当に納得のいくもので、思わず何度も読み返してしまいました。また後者は、男性視点というのもさることながら、作品を通して何度か暗示されていた「男は女をわからない(わかり合えない)」というものが、しっかりとテーマとして描かれ、この作品のまとめとして最高の出来になっていたと思います。1話目読んだときは正直ピンとこなかったのですが、最後まで読んでみればほら面白い。今度の新刊も、期待を裏切らない素敵な作品でした!


【男性へのガイド】
→女性こそ楽しめるのだと思いますが、男性に楽しめないのかというと、そうではないと思います。感想は異なりそうですけど。
【私的お薦め度:☆☆☆☆ 】
→恋愛一本で来るのかと思っていたのですが、まさかこんなお話とは。面白かったです。もちろんオススメ。


作品DATA
■著者:ヤマシタトモコ
■出版社:祥伝社
■レーベル:フィールコミックス
■掲載誌:フィールヤング(2009年11月号~2009年4月号)
■全1巻
■価格:648円+税


■購入する→Amazonbk1

カテゴリ「フィール・ヤング」コメント (4)トラックバック(0)TOP▲
コメント

こんにちは。

>いや、たぶん私の行った本屋だけがそうだったんだ、きっと。

私が行った本屋では、「とても」目立ってました。

それも、新刊コーナーでも少女(女性)マンガコーナーでもなく、青年向け(モーニングとかヤンマガとか)の一角で。
アフターヌーンコミックとの合同フェアだからですかね?

さらに、着飾った女の子たちの華やかな表紙にもひかれたし、椎名軽穂先生ご推薦ということで、買ってみました。

(ほんとは「あめのちはれ」を買うつもりだったのですが、一冊だけ置いてあった1巻のカバーがよれよれで買う気がしなかったので、何か他のをと物色して選んだのでした)


さて・・・Caseごとに次々と視点を変える見せ方も面白いものですね。

私もお気に入りはCase3、コレが一番、オトコ受けしやすい内容なんですかね?
(めずらしく意見が一致してるし・・・)

それとCase5かな。
かわいいだけの女の子のデキる女に対する嫉妬と、それを受け止めるデキる女(こちらはちょっと男性的?)とのやりとりにひかれました。

Case6は、物語のエピローグとして、うまくまとめてますよね。


しかし、この作品、初回限定ペーパーに、「女という生き物は決して怖いものではございませんので・・・」とありますが、実はオトコ向け???
私が行った本屋でも青年マンガコーナーに置いてたってことは、「コレでも読んで女性心理を勉強しろ」ってことで、「オトコに読ませたい少女マンガ」と考えているのかも。
From: しろくま * 2010/07/11 11:09 * URL * [Edit] *  top↑
やっぱり私の通っている本屋さんが特殊なんですかねー
他でも平積みだったなんて話を聞きました。

ペーパーのコメントについては、男性向け云々ではなく、
合同フェアによって手に取った男性を想定してということだと思います。
インタビューなどを見ても、女性に向けて描かれたのは明白ですし、
だからこそ初回限定でこの内容なのかな、と。

From: いづき * 2010/07/11 16:43 * URL * [Edit] *  top↑
>合同フェアによって手に取った男性を想定してということだと思います。

あ、なるほど。

>だからこそ初回限定でこの内容なのかな、と。

さらに、なるほど。
納得です。
From: しろくま * 2010/07/12 08:08 * URL * [Edit] *  top↑
ヤフーニュースのトップにあがっていまして
たどり着きました。

おもしろそうですね^ ^

今度読んでみます★
From: her * 2010/12/10 10:55 * URL * [Edit] *  top↑

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